イムジャと婚儀を挙げ、俺達は正式に夫婦となった。


婚儀を挙げる前から夫婦同然に暮らし、妻だ妻だと公言してはいたが……やはり、他の誰のものでもない、この方は俺の奥だと、胸を張って言えるのは嬉しい。



「——チェ大護軍は、嫁取りをしてから弛んでおるのではないか?注視すべきは、妻の顔色より元国の顔色だろう」



……嬉しいが、そこへ何かと難癖つけたい輩もいるもの——



「キム上護軍(サホグン)。私に何か手落ちでも?」

「手落ちがあってからでは遅い、と言う事よ、チェ大護軍。其方の腑抜け様に当てられて、皆の士気が下がらぬかと心配でな」



このところ、軍議の度に俺に絡んでくる面倒な男。


鷹揚軍・上護軍 キム・ヨン。


俺に何か恨みでもあるのか……と、最初の頃は思い出せなかったが。

去り際の、キム・ヨンの睨めつけるような目線に、俺はようやく思い至り——



「…あった。4年前、王様が王宮を追われて玄高(ヒョンゴ)村にいらっしゃった時だ。キ・チョルと徳興君に丸め込まれたあの男を、縛り上げた事が……」


軍議を終えた俺は、アン・ジェと肩を並べて、兵舎への戻り道を歩いていた。



「それだな。随分と恨みは深そうだ。ただでさえ、王様の寵愛を受けるお前を妬んでるからな。医仙様の事も、“どんなに美しい女だろうが、年が経てばただの老婆だろう”などと言って、」


急に立ち止まった俺の、周りの空気が冷え始めたのへ、アン・ジェが慌てて止めに入る。


「オイ、放っとけって。あんな奴、相手にするだけ無駄だ」


部下の俺に、わざわざ友への嫌味を聞かせる男だぞ。と、アン・ジェがしかめ面で言う。


「俺の事はいい。だがイムジャの事は、」

「それもヤツの嫉妬さ。王様の覚えめでたいうえに、有能で美しい妻を得た、お前へのやっかみだ。嫌な事を聞かせて悪かったな」

「…いや。お前も大変だな。あんな馬鹿が上官とは」

「全くだ。毎日胃が痛い…医仙様に診てもらえないか?」

「断る」

「即答か。冷たいな」


2人して小さく吹き出しているのを、兵士や女官達が、不思議そうに見ながら、頭を下げて通り過ぎて行く。



「なぁ、ヨンァ。ここからは真剣な話なんだが……医仙様に妻を診てもらえないか?」


アン・ジェが笑みを飲み込んで言う。


「奥方を?」

「うん…3人目が腹に居るんだが、どうも上の子2人の時と勝手が違ってな。起き上がれない日が続いていて……見ていて、ちと、辛い」

「そうだったのか。わかった、伝えておく。心配だな」

「ああ……すまんが頼む」



身重の妻を思い眉を下げる友に、俺は頷きながらも、己れの先を少し重ねていた。


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「え、アン・ジェさんの奥様が?妊娠してどれくらいなの?」


帰宅した俺の着替えの世話を焼きながら、イムジャが医員の顔になって言う。


「まだ三月(みつき)程らしいです。3人目なので、もしや出来たのかも、と思っていたくらいだったと」

「まだまだ安定しない時期ね。悪阻が酷いのかしら。なるべく早くお邪魔したいわ」 

「ありがとうございます。では明後日の貴女の休みに訪ねて行きましょう。俺も行きます」

「ヨンも?お仕事は?」

「終わったら行きます」

「半休ね。了解」

「はん…はい、それです」



着替えて夕餉をすませ、ひと息つく。


今夜のように共に膳を囲める日もあれば、俺の帰りが遅い日などは、構わず先に食べるようにと、イムジャにもスン達にも話はしてある。(その場合はたいてい、俺が食べている横で、イムジャは嬉々として晩酌だ)


共に過ごせる時間が惜しくて、なるべく風呂も、もちろん床も一緒だ。


その間、互いにその日一日の出来事や、気づいた事、思った事など、何でも話し合う。

(ほぼ、口を開いているのはイムジャだが)


己が目の前で、一番愛しい人が、あれこれ表情を変えながら楽しそうにさえずっている。


幸せだ……


そこで、は、と気づく。


今の俺はさぞ、腑抜けた顔をしているのではないか?

キム・ヨンの言う通りに。


いや、きっとそうだな——



「……?ヨンァ、どうかした?」


ククク…と、ひとりで笑い出した俺に、小首を傾げたイムジャが、覗き込むように大きな目を向けた。


俺は、その温かい頬に手を遣って


「すみません。俺は本当に腑抜けているらしい」



え?、と、イムジャが目を瞬いて固まった隙に、俺はその艶やかな唇を、ほんの少し塞いだ。



「なぁに?何かあったの?」

「あったというか……自覚した、というか」

「ん?」

「実は……」



俺はキム・ヨンの事を少し話した。