——今 私は闘っている。
目の前のこの…… 紐と。
「……その輪っかの中に、上から入れて掬い上げる……あ! 違います、右からですよ、奥方様」
「え?こうじゃないの?右からこう……」
「イムジャ、まず輪の中に紐の先を入れて、あ」
「うう〜。何でぇ……」
「やれやれ……奥方様は見た目と違って不器用なお人ですね」
「よく言われるわ……」
今日のデートの記念に——
私が欲しいとねだったのは、メドゥプだ。
ノリゲをはじめあらゆる装飾に使われる、韓国の組紐。伝統工芸品。
昔からあるのは知ってたけど、既に高麗時代にもあったのね。
店先に並んだ美しい組紐。
どれも素敵なんだけど、どうせならお揃いのものを自分達で作って身につけたい……
それで、店のご主人の手解きを受けて頑張ってるんだけど——
「旦那様はお上手ですねぇ。初めてとは思えませんよ」
ご主人が感心しながら、惚れ惚れと言う。
ちら、ヨンに目を遣ると……本当だ。きちんと結び目の揃った形のいい菊の花が、連なって出来上がっている。
「イムジャ、どうですか……ああ——」
ヨンが私の手元を見て、絶句する。
「傷を縫うのはあんなにお上手なのに……」
「それとこれとは別よ。ちょっと、ねぇもう一回一緒にやって。ゆっくりよ」
「奥方様、続きは旦那様にお願いしたらいかがです?日が暮れちまいますよ」
ご主人が溜め息半分でそう言うけど、ここで諦めるわけにはいかないわ。
下手でも私が自分で作りたいの。
私の想いも組み込んで、ヨンにあげたいんだもの……
私は諦めなかった。
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少々形はイビツだけど、何とか無事メドゥプが組み上がって、私達は店を出た。
道々掲げるようにして、互いの力作を眺めながら、
「ちょっと不恰好だけど、味があると思ってね。私が作った、この世にひとつしか無い、って所を汲んで欲しいの。組み紐だけに」
「………。 ですがイムジャ、メドゥプだけで良かったのですか?何でも買っていいと、」
「いいの。これが良かったの。ほら、お揃いよ。貴方が作ったのは私の、私が作ったのは貴方の。ね!」
私は、ヨンの手首に不揃いの菊の花のメドゥプを巻き結んだ。
そして、私の手首には、見事なヨン作の菊花と蝶を——
「素敵だわ……菊の花の意味は、幸運と安全だったわよね。蝶は?」
店のご主人から聞いたうんちくを思い出していると、ヨンが、小さく笑みを溢して静かに言う。
「蝶は夫婦円満と……子宝祈願といいます。もちろんすぐにとは言いませんが……」
ヨンが私を、ひた、と見つめた。
「いずれは……貴女と俺の子を授かれたら、と」
「うん——」
私達は互いに、微笑んで見つめあった。
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日が翳り始めて、冬の空はあっという間に暗くなった。
「ねぇ、お腹空いてきちゃった。晩御飯は?マンボ姐さんの店?」
「あそこに行くと、明日に差し支える程呑まされます。明日は典医寺でしょう?」
「うん……そう」
「今日はやめておきましょう」
「デートなのにお酒は無し?」
「……有りますよ。また後で」
ヨンに手を引かれて、道沿いの賑わう一軒の店に入った。
ここも案外に美味いんですよ。とヨンが言うだけあって、何を食べても美味しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
お腹も心も満たされお屋敷に帰ると、準備万端整えてスンオク達が出迎えてくれた。
「お戻りなさいませ。旦那様、奥様。お湯の用意が出来ております」
「そうか」
「ありがとう、スンオク」
イムジャ、行きましょう。とヨンが言うのへ、頬を染めつつ頷く。
……だいぶ慣れてはきたけど。この時代、お風呂って一緒に入るものだったのかしら?
スンオクが止めないから、いいのかな?
そんな事を思いながら、お風呂をもらって、ルーティンになりつつある晩酌タイムへ……うふふ。
その前に、これも定番になっている…私の濡れ髪をヨンが乾かしてくれる。
(ヨンの髪は、すぐ乾くのでこのままでいい、と。あんまり触らせてくれないの)
そうしていると、いつもならいいタイミングで、ソニが晩酌の用意をしてくれるんだけど……
今夜は何故か、ヨンが私に分厚い上着を着せ掛けた。
「え、何?」
「冷えますので。湯冷めしないように」
「?」
そして、ヨンは自分も上着を羽織ると、私の手を取って
「でーとの締めくくりに、お酒はいかがですか?イムジャ」
と、甘く笑った。