宣仁殿(ソニンデン)から出ると、コモが、いつもの無愛想に、やや不安を貼り付けた顔で待っていた。


「どうであった?無事遣りおおせたか?」


俺とイムジャ、そして、先に出て行った左政丞(チャジョンスン)達を、目で追いながらコモが言う。


「ああ。無事済んだ」


そして、俺が言うのと、イムジャの親指を立てる謎の仕草を見て、はあぁーーー……と、大きく息を吐いた。


「良かった。此処に居ても中の様子はわからぬ故……途中、何やらどよめいていたが、何があった?」

「あっ大した事じゃありません。大丈夫です!」

……そうか?ならいいが」



コモが、笑顔のイムジャから俺に訝しそうに目を向けるが、そんなものは目に入れず、俺はイムジャの手を握った。


「帰りましょう、イムジャ」

「え?もう帰っていいの?」

「はい。もういいでしょう」

「何を言うのだ。2人とも王妃様の所へ顔を出して行かぬか。私がここに張り付いておれたのも、王妃様のお計らいだぞ」

「そうよね。ヨン、そうしましょ」

……

「この後、王様も坤成殿(コンソンデン)へ王妃様をお訪ねだ。お前達は先に行って……


——この、罰当たりがっ」



俺があさっての方を向き、溜め息を吐いたのへ、コモの平手が飛んできて


見ていたイムジャのツボに入った。


............................................................


坤成殿へ王妃様をお訪ねすると、それこそ間髪入れずに「通せ!」と凛としたお声が聞こえた。


「大護軍、どうであった?何事も無かったか?医仙、心配しました」

「はい、王妃様。王妃様が事の経緯を王様にお尋ねくださったおかげです。叔母様チェ尚宮様が側に着いていてくださったのも心強かったです。ありがとうございました」


そうイムジャが言うのへ、俺も合わせて頭を垂れた。


王妃様は安堵の表情で何度も頷くと、今度は興を引かれるようにお尋ねになる。


……それで?どんな仔細だったのですか?あれこれ聞かれたのでは?」

「あ……ええ、まぁ」


王妃様は、期待に満ちた目をイムジャに向けられ、少々困り顔のイムジャが俺を見る。


ご報告するにも、大して中身のある話では無いのだが……見ればコモも、早う申せ、と目で訴えていた。


俺はイムジャと目を合わせ、頷いて返した。


「えっと……まぁその、私が、今まで何処で何をしていたか、から始まりまして……


イムジャが言葉を選びながら話し始めた。




俺があの折の再現を試みた事以外、ひと通りイムジャが話し終えたのへ、王妃様とコモは何度も頷いて


「左様でしたか……一部の、2人の婚姻に物申したい者達は、余程暇なのでしょう。今更、2人の間に割って入れるものでもないというのに。のぅ、チェ尚宮」

「は……恐れ入ります、王妃様」

「日頃王様を支えてくれる者達ですが、いささか……

まぁ、わたくしは政には関わりませぬ故、大きな声では申せませぬが」


ほほほ、と口元を隠して王妃様がおっしゃった所へ、王様の来訪が告げられた。



「役者が揃っておるな。仔細を聞いたか?王妃」


並んで腰掛けられた王様が、王妃様に上機嫌でお顔を向けられた。


「はい、王様。王様も見事な采配であられたとか」

「うむ、そうか。しかし、あの大護軍の遣り様には驚いた。王妃にも見せたかったぞ」


途端に、イムジャから、ヒッ、と妙な声が上がり、コモの目が俺を射抜く。


「王様、大護軍の遣り様とは?」

「何だ、聞いておらぬのか?

医仙、大護軍。王妃に報告無しとは、一体どういう訳だ?」

「ゴホッ、王様っ それは、その……


イムジャが真っ赤になって言い淀んでいると、王様は楽しげに笑って、王妃様に耳打ちされた。


……え? まぁ! まことでございますか……


王妃様が頬を染め、瞬きされるのを見て、コモが眉間の皺をいつもの倍に増やして、俺を睨みつける。



——チェ・ヨンにあのような真似が出来ようとはな。実に痛快であった」


王様が笑いながらおっしゃるのへ、王妃様は


「その時の重臣達の顔は、さぞ見ものであったでしょう……

したが、チェ・ヨン。

此度は致し方無いとしても、本来は人に見せるものではない。今後は別の策を取るように」

「は……


溜め息混じりで、王妃様が苦言をくださったのへ、俺は返す言葉が無く、ただ頭を下げた。



そんな俺に、王様とイムジャは小さく吹き出したのだが……


コモだけは険しい顔のまま、俺を睨みつけていた。



▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎


コモはかつてのアレを見てましたからね。

この後、ヨン氏はしこたま怒られた模様です。


以上、現場からでした🫡