「まぁそもそもさ、天門なんざ見た事もない、ただの噂話でしかないんだからさ。

だいたい、華陀の存在自体が、最初(はな)っから語りみたいなもんなんだ。

あたしらみたいな市井のモンに比べて、お偉方のほうが、そういうのを信じ易いと思うよ。育ちがいいからね」



信じ込ませといたらいいのさ。


マンボ姐さんが、揶揄い半分で笑う。



——確かに、そうかも。



あの人、チョ・イルシン……あのおじさんの、華陀の弟子に対しての思い入れは凄かったもの。


どうしようもない人だったけど、考えてみれば、あの人のおかげでヨンに出会えたんだわ。

其処だけは感謝しなくちゃね……



うんうんと、小さく頷きながら、そんな事を思っていると、叔母様が、ウンスャ、と私を呼んだ。



「以前、王様の御前で申したな。元国が近々滅びると。

あの折は、其方の言う事もだが、やる事なす事全てに驚かされた。肝を冷やしたよ」

「叔母様……



4年前。

ヨンに拐われて高麗へ来て、王様から医仙になってくれと言われて、御前会議に呼ばれた事があったわ。


そこで、キ・チョルに散々罵られて。


ああ、そうそう……もうすぐ元が滅んで明になるって、キ・チョルの最期も知ってるけど教えないって、私、ブチ切れたんだった。

だって、本当にムカついたんだもの。



……叔母様が側に居てくださって、あの時も心強かったです」

「ウンスャ。其方の持つ天の知識が気掛かりだ。当時王宮のみならず、民の間にまで其方の噂が広まっていた。忘れた訳ではあるまい?」



そう言った叔母様の目は、私ではなくヨンに向いていた。



「ヨンァ。お前はあの場に居なかったが……ああ、寝込んでおったのだったな。情けない」

——コモ」



叔母様を遮って、ヨンがひた、と私を見つめた。



先読みと呼ばれる、私が知ってる歴史。


あの頃は自分の置かれた状況が理解出来なくて、ペラペラ喋ってたわ。


今ならそんなバカな事しないのに。


この先は、必要な時にだけ、ヨンだけに話すって約束した。


2人だけの秘密にするって。


叔母様やマンボさん達にも、歴史の事までは話せない。

これ以上、巻き込む訳にはいかないもの。


私が天人じゃないって、知っていてくれるだけで十分よ。



——そうよね?ヨンァ。



私は、ひとつ深く瞬きをして、ヨンに答えた。


ヨンは、ふわりと微笑みを返してくれた。



私は息を整えて、叔母様達に向き直った。



「叔母様……その、私が話した先読みの事なんですが。

確かにあの時、元がもうすぐ滅びると言いました。でもそれは予言でも何でもなく、私が先の世の人間だから、過去で起こった事だから知っていただけなんです。

あの後も、嘘を交えていろいろ話しましたけど、散々大変な目に遭いました。

まぁ、大変だったのは私よりこの人でしたけどね」



隣りのヨンにちら、と目を向けると、ヨンは、はぁーーーと溜め息を吐いて「大変でした」と溢す。



「ではやはり、あれはまことの事なのだな。

確かに、元国ではあれから内紛が絶えず、国力も弱まっている。故に高麗も元国の支配から抜けられたのだが——


ウンスャ。その天の知識は誰もが欲しがるものだ。やはり其方の身が危うい」

「イムジャは俺が守る。そう言ったろ」

「お前ひとりで出来る問題ではない。わからぬか」

「わかってる」

「いいやヨンァ、わかっちゃいないよ。医仙がもし他人だったら、手裏房(あたし達)だって欲しい情報だ。例えどんな手を使ってもねどれだけでも高く売れるからさ。

やっぱり、医仙じゃなくて別人だって言ったほうがいいんじゃないかい?」



マンボ姐さんが眉根を下げるのに、私は喉の奥が、ぐっと詰まる思いがした。