「叔母様……!」

「コモ!どうかしたのか??」


「何かわかったら知らせる、と言うたであろう。まだ此処(マンボの店)に居るだろうと思うてな」



部屋の入り口から、音も無くするり、と身を入れて、コモが外套を取った。




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「王妃様が私に、直接伝えに行け、とおっしゃったのだ」



マンボ兄妹の他は人払いをし、俺達は卓を挟んで座っていた。



「仔細がわかったのか?」

「お前達が帰った後、一体どういう事かと、王妃様が王様に詰め寄……、んん、お聞きになられてな……






——あらましはこうだ。



王様がお忍びの旅から戻られた……俺とイムジャがまだ帰路の途中だった頃。



発端は御前会議で、北の鴨緑江(アムノッカン)辺りの国防について、話が持ち上がった事だった。



北の守備も重要だが、大護軍である俺が……余りにも長く都を空けているのは如何なものか、と——






——それならば、チェ大護軍は近々帰京すると耳にしました。今はその道中との事。


おお、それは心強い。


それが……驚く事に、許嫁を連れて帰京する、と聞きましたぞ。


何と?? あの大護軍が?


いかな名家の令嬢とも、縁を結ばなかったものを。

山とある良縁を、ことごとく断ったと聞くが、許嫁が居たとは初耳……


それがどうにも、その許嫁というのが、あの医仙だとか——






……何処から漏れたのか、お前達の帰京が、早々に重臣の耳に入っておったという事だよ」

「やれやれ……面倒だな」

「重臣の方々は、医仙は4年前、キ・チョルに拐かされて元に連れて行かれた、とか、天界へ戻られた、などという噂を信じておるからな。それが戻られて、しかも、お前の許嫁だと聞いて、かなり騒ついたらしいのだ」



そこまで言って、コモが溜め息を吐く。



マンボ姐が、しきりに頷きながら、



「ああ〜、そうそう。当時からそんな噂があったよ。ヨンァ、お前が医仙を何処かに隠してる、なんてのもあったねぇ」



黙って聞いていたイムジャが、目を丸くして俺を見る。



「そうなの??」

「はい。いろいろと聞こえてきました。しかし、むしろそれで良い、と。

そのように思われているほうが、詮索されずに楽だと思っていました」



コモが、小さく頷きながら再び口を開く。



「それでな、本当にあの医仙なのか、どういう経緯なのか、などと……会議がひと荒れしたのだそうだ。

今まで断ってきた縁談の……当のお歴々が特に、な」

「はぁーーー……暇な方々だ」



「あの、もしかして、王様がヨンと一緒に御前会議に出ろ、とおっしゃったのって……



おずおずと口を開くイムジャに、コモが頷きながら顔を向ける。



「そうです。2人が共に居るのを見せて、お歴々を黙らせよ、との思し召しかと」

「黙らせる……

「はぁ……厄介だな。そんな事をしている刻も惜しいのに」

「馬鹿者、何と言う事を。王様を煩わせているのは其方達だぞ。

聞けば、4年前に消えた医仙本人だというのを隠さない、と言うたのは、お前達だそうだな。

あらゆる危機を招くやもしれぬ事、思い及ばなかった訳ではあるまい」


「叔母様、それは私が、」

「ああ、もちろん承知の上だ。王様にもそのようにお伝えし、お許しもいただいた。

イムジャの事は俺が必ず守る。

王様も高麗も、俺が、」



「当たり前だ。必ずそうしろ。それが最善だと信じているよ」



思いがけない叔母の深い目と言葉に、俺は胸を詰まらせた。



コモが更に続ける。



「医仙が、何故今になって高麗へ戻って来たのか、という事も槍玉に上がっているそうだ。

元国の間者ではないか、徳興君やキ皇后と繋がっているのではないか、などと言うてな」

「何だと?」

「医仙をよく知らぬ者にしてみれば、一理ある話ではあるさ」

………





「やれやれ。お偉いさん方の、お偉いお考えってなァ……酒の肴にもなりゃしねぇ。酒が不味くならぁ」



師叔が、沈黙を破るように言い捨てると、酒椀に注いだのを、ぐい、と呑み干した。



「全く呑気なもんだ。不味いならやめときなっ」

「何しやがる、まだ不味かねぇよっ」



マンボ兄妹が、酒瓶の取り合いを始めたのを目にしながらも、イムジャは固い表情のまま、コモを、そして俺を見つめた。



「ヨンァ。どうしたらいい?さっそく面倒事の種になっちゃったわ」

「面倒なのはイムジャではなく、重臣達です。気に病まないでください」

「そうですよ、医仙。もちろん難しい事もあるでしょうが、此奴も、王様もお認めの事。医仙にしか成せぬ事もありましょう」

「叔母様……


「そうだよ、医仙。あたし達だってついてる。皆んなあんたの味方だよ」

「おうよ。その通りだ」



喧嘩をやめた兄妹も、イムジャに向かって大きく頷く。



「ありがとうございます……






少しの間俯いていたイムジャが、鼻を啜り顔を上げた。



そして、にっこりと笑いながら、ひと息吐くと、



「ヨンァ。明日の御前会議への対策……本題に入る前に、重大な提案をしてもいいかしら?」

——え?」



意味がわからず固まりかけた俺の耳元に、小さく聞こえてきたのは———





コモ達に 天界の秘密を打ち明ける





今度こそ固まった俺に、イムジャが笑みを浮かべて、深く頷いた。