坤成殿(コンソンデン)から下がった所で、見送りに出てくれた叔母様が、難しい顔で口を開いた。



「御前会議に呼ばれるなんて……何事だろうね、一体」

「さぁな。コモ、心当たりはないのか?」

「さてね。お偉い方々の考える事など、分かったものじゃあない」

「あの……結婚のお許しって、重臣の方達からも必要なの?」



私が尋ねると、いいえそんな、と、目を見開いた叔母様だったが、でも、もしや……と、思案顔になっていく。



「何だよ?コモ」



ヨンが訝しんで見るのへ、叔母様が気まずそうに私を見……「医仙が聞きたくない話をしますが」と、前置きする。



……ヨンァ。お前に来ていた縁談だが、」

「コモっ」



ヨンが声を上げて遮るのを、大丈夫よ、と、私はその袖を引いた。



叔母様が小さく頷いて続ける。



……重臣のお嬢様が何人かいただろう。お前が全て断れ、と言うからそうしたが……

もしや、それを良しとしない方々が何か、」

「はっ、馬鹿馬鹿しい」



——イムジャ、行きましょう。



ヨンが私の手を、ぐい、と掴んで大股で歩き出す。



「何かわかったら知らせる。医仙、また明日」



ゆっくりお休みください。


そう声をかけてくれる叔母様に、私はヨンに、やや引き摺られながら手を振った。



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「ヨン……ねぇ、」



ヨンは黙ったまま、私をぐいぐい引っ張って、王宮内を横切って行く。

結構な人目を引いてるけど、お構いなしで。



この後は、ヨンは迂達赤(ウダルチ)の兵舎に、私は典医寺(チョニシ)に、それぞれ顔を出す予定だった。



「そんなに引っ張らないで。痛いわ」



そう溢すと、ヨンはぴたり、と足を止め、振り返りつつ小さく「すみません」と呟く。


そして、俯いたまま黙り込んだ。




気まずいのはよくわかる。



ヨンの縁談話なんて……確かに聞きたい話じゃないわ。


だけど、ほらやっぱり……って、ちょっと思ってしまった。



第一夫人は何処の誰?



あの問題がクリアになった訳じゃない。



でも、私の中では……希望的観測として、きっとそうだ!と、持っている答えがあって。



それは



メヒさんが第一夫人



亡くなった人に、私の身勝手な想いをぶつけて申し訳ないと思うけど……



私が第二だっていうなら、第一はメヒさんであってくれればいい。


そうしたら、第一は誰なのか、いつ現れて、私の居場所を危うくさせるのか、なんて事、悩まなくて済むもの。



メヒさんのお墓で、私はメヒさんにそうお願いした。


ヨンの第一夫人であってください、と。


そして、この先のヨンを私に……私をヨンの人生の隣に居させてください、と。



ヨンの隣に居ていいのは私だけ。

他の女(ひと)なんて認めない。絶対に。



酷い女よね……自己中すぎて嫌になる。


だけど、それでも。それでも私はヨンが欲しいの。



こんなの、ヨンには聞かせられないわ。


ワガママで恥ずかしい。ドン引きだわ。


私の心が醜すぎて、百年の恋も冷めちゃうかもしれない——




私は改めて、目の前で項垂れている、愛する男を見つめた。



高麗一の美丈夫。名家の跡取り。高麗の軍神。

強くて優しくて甘くて。

誠実で真っ直ぐな人となり。



こんな出来た男(ひと)を、周りが放っておくはずないじゃない。


縁談の一つや二つや三つ……きっと、もっとあったわよね。




——全部、断ってくれたんでしょ?」

「え?」



私が急に口を開いたのへ、ヨンが驚いた風で顔を上げ、私を見つめる。



「縁談よ。たくさん来てたのよね?」

「話は全てコモの所へ……故に、俺はよく知りません」

……そう?」

……はい」



目を合わせると、つ、と逸らす。


そして、やたら瞬きが増える。



嘘が下手ねぇ……



私は小さく息を吐くと、ヨンの背中に腕を回した。


その胸に耳をくっつけて。ヨンの少し乱れた鼓動を聴く。


そして、トン、トン、とあやすように、背中をそっと叩いた。



これ以上、私を不安にさせないための嘘……

今日は許してあげる。


ありがとう、ヨンァ……




ヨンは何も言わずに、私を抱きしめ返した。




王宮の真ん中で……大いに人目につきながら、私達はしばらく抱き合っていた。



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ヨンに典医寺まで送ってもらうと、私は笑顔で手を振って「行ってらっしゃい」と言った。


ヨンは、じっと私を見つめ、「はい」と呟いて、兵舎に向かって歩き出し——



すぐに、踵を返して戻ってきた。



「やはり離れるのは心配です。俺も一緒に、」

「何言ってるの、大丈夫よ。典医寺は私の仕事場よ?」

「ですが、」

「皆んなに挨拶して、トギと話をしたら、すぐにテマンくんと一緒に兵舎へ行くわ。心配しないで」



建物の影から顔を見せるテマンくんに、私は目を向けて言った。



「では、なるべく早く来てください。帰りにマンボの所へ寄りますから」

「わかったわ」



ヨンが、振り返り振り返り行くのを、私は笑顔で見送った。