俺とイムジャが腰掛ける真向かいに、意思の強い目をしてスンオクが座っている。
その脇には、困ったような笑っているような顔で、娘のソニが立っていた。
「あの……お風呂を沸かしてくれてたって? ス…スンオク」
スンオクの無言の圧に耐えかねたのか、イムジャが笑みを含んで口を開く。
「——はい、奥様。今日にでもお戻りになるだろうと、ウォンスク様からお知らせいただきましたので」
ウォンスク……?
小さく呟くイムジャの耳元に、コモの名です、と、俺は顔を寄せて囁いた。
それを見て、コホン、と咳払いを寄越したスンオクが、「お入りになりますか?」と、イムジャに問う。
「入るっ‼︎ 入りたいわ!」
嬉々として立ち上がったイムジャに、もう一つ咳をして、では準備いたします。と、スンオクが頭を下げて、ぎこちなく立ち上がった。
そして、ソニに支えられ居間を出て行こうとするのへ「スンオクは無理しちゃダメだからね!」と、イムジャが釘を刺す。
俺は笑みを溢しつつ、更にイムジャの意思を汲む。
「ソニが奥の世話をしてやってくれ。スンは大人しく休んでいろ」
「旦那様、私なら大丈夫で、」
「ダメよ!スンオクは休んでて。ソニ、お願いね」
「はい、奥様。少々お待ちくださいませ」
むずかる母を宥めるようにして、ソニが笑顔でスンオクを連れて出て行った。
スン母娘が出て行くと、居間には俺とイムジャの2人が残り……
ふぅーーー、と息を吐きながら、イムジャが、とすん、と椅子に腰を落とした。
「大丈夫ですか?」
「ん?」
俺は腕を回して、イムジャの肩を抱く。
「喧しいのが居ると言ったでしょう」
「ああ……そうね。お姑さんて、あんな感じなのかな?叔母様がそうなのかと思ってたけど……違ったみたいね」
俺の胸にもたれて、イムジャが、ふふふ、と笑う。
「スンは……昔から、こうでなければ、ああでなければ、というのがあって。
それを重く感じた事もありましたが、全てはチェ家の為、俺の為でした。
裏表の無い、信の置ける者です」
「うん。わかる気がするわ」
「仲良く出来そうですか?」
「任せといて……と言いたい所だけど。ちょっと怖いかも」
「それはお互い様かと」
「何よそれー」
俺達は互いの顔を見、微笑み合った。
「でも……私は医者を辞めるつもりはないわ。認めてもらえるかしら?」
「はい。時間はかかるかもしれませんが」
「うん、そうよね。認めてもらえるように頑張るわ。医者も奥様も。
……良家の奥様って、大変なんでしょうね、きっと」
「煩わしい事もあるでしょうが、貴女なら大丈夫です」
「そうかしら……貴方も協力してね。知らんぷりはダメだからね」
再び、こてん、と小さな頭を預けてきたイムジャが愛おしくて、つい悪戯心が湧いてしまう。
「……まぁ、俺が協力出来るのは、子作りくらいかと。そこは惜しみませんよ」
「ちょっ、‼︎ ヨンたら!」
昼間っから何言ってるのよ、と、慌てたイムジャの手が、俺の口を塞ぎにかかる。
俺は、しれっとその身体を己が腕に囲い、ぎゅう、と抱き締めて———
「もう、ヨン!誰か来たらどうするのよ」
「……主人(あるじ)の居間に、勝手に入ってくる用人などおりません。ご心配なく」
「ご心配なく、って……あ、もう……」
風呂の用意が出来たと、ソニが呼びに来るまで、俺はイムジャを離さなかった。
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風呂に入り(残念だが別々に)、王宮へ行く為の身支度をしていると、表から馬の嘶(いなな)く声と、テマンの忙しない声が聞こえてきた。
「大護軍ーーーっ!まだですか??」
い、急いでください!
大変なんですから!
イムジャと連れ立って表へ出てみると、いつも以上に落ち着きのないテマンが、馬の手綱を握りしめ、小刻みに足踏みしながら待っていた。
「ただいま〜!テマンくん、迎えに来てくれたの?」
呑気なイムジャに、ぐっ、と眉をへの字に下げたテマンが、
「医仙、いいから早く乗ってください!早く早く!」
「えぇ?」
テマンが連れてきた馬に、俺とイムジャが相乗りしている所へ、奥から出てきたスンオクの悲鳴が響き渡った。
「おっ!奥様が馬に乗るなんて‼︎ おやめください! テマナ、馬車の準備をおし!」
「スンアジュンマ、急いでるんだよ!お2人には、早く王宮へ行ってもらわないと」
「いいえ、馬に乗るなんて……!」
「……でも私、馬に乗って帰ってきたのよ?」
イムジャがおずおずと言うのへ、
「——チェ家の奥様でしょう。これからはいけません。さぁ、早く馬車を!」
すったもんだの末、テマンが己れが引いてきた馬に乗り、俺とイムジャは馬車で、用人達に見送られて家を出た。
「テマンくん、もの凄く慌ててたわね。王宮へ行くの、遅くなっちゃったかしら?」
「そんな事ではないでしょう。何か……揉め事やもしれません」
「……安州ではお忍びで王様がいらしたし、お屋敷では怪我人が出るし。王宮では何があるのかしら。帰ってきてからハプニング続きだわ」
天界語混じりで、イムジャが溜め息で呟く。
「はぷにん、とは?」
「んー、突発的な事件とか。びっくりするような出来事の事よ」
「……それなら、貴女に会ってからは、ずっとそうですね」
「ハプニング?」
「はい」
「……そぉね、確かに……
そう考えたら、今更何が起こっても、大した事じゃないのかもねー」
「是非そう願いたいです」
「何よ、その含んだ言い方……」
俺達は声を上げて笑った。
王宮で、まずは王様にお目通りをし、帰京のご挨拶をして。
そして、改めてイムジャとの婚姻を願い出て、お許しをいただいて。
それから、王妃様にもご挨拶をし、コモにも会って……
兵舎と典医寺に顔を出し、帰りにマンボの店に寄って———
「わぁーーー! マンボ姐さんのクッパ!! 嬉しいーーっ‼︎」
何もかも楽しみだ、と言う中で、やはりクッパか。
全く、この方は。何故こんなにも愛らしいのか……
参った。
馬車で正解だ。
礼を言うぞ、スンオク——
「え、何か言った?ヨンァ…… ん、」
そこから王宮に着くまで、俺はイムジャの唇に引き寄せられて、離れられなかった。
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なんか久しぶりのイチャイチャでした…(笑)
たまには必要ですね♡
ビビ