夜も更けて、俺達は寝台を共にしていた。



隣り合わせで触れる身体の熱に、我慢の効かなかった昨夜とは違い、手を結び合っているだけで互いの心は満たされ、また、凪いでいた。





——ねぇ、ヨンァ。



イムジャが俺の方へ顔を向けるのへ、俺も引き合うように目を合わせる。



「以前、叔母様にね……

ほら、貴方がキ・チョルと差し違えようとしてた時よ。貴方を止めてくれと、私を探しにいらした事があったの」

「ああ……はい、コモから後でいろいろ言われました」


「そうなの?」

「はい」



あのしかめっ面で、ぶっきらぼうな……思い描いた光景は同じだったようで、俺達は互いに小さく吹き出した。



やがてイムジャが、少し憂いた目をして俺を見る。



……その時にね、聞いたの。

貴方がずっと剣に巻いていた布……メヒさんのものだったって」

「はい」

「いつ外したの? 気づいたら無かったわ」



イムジャの頬に落ちる絹糸のような髪を、俺はそっと掬い上げて、その耳にかけた。



……メヒの顔が思い出せなくなり、死ぬ覚悟でキチョルと対峙して……

貴女から、ぱーとなーになって、と言われた……確かその後です。


己れの心に問いました。

貴女は天界へ帰られる方。想いを寄せてはならないという気持ちと、今だけでも構わない、とお慕いする気持ちの両方がありました。


認めざるを得なかった。俺の中に、もう貴女はとっくに住んでいて、何処へもやる事は出来ないのだ、という事を。

それで、外したのです」



ヨンァ……



呟くイムジャの柔らかい髪を撫で、俺はその感触に浸っていた。


俺を見つめるイムジャの……俺を映す揺れる瞳。薄っすら紅く染まった頬。笑みを湛えた艶やかな唇——




「イムジャ。


俺は今度こそ誓います。

貴女を幸せにする、と。

それは、俺自身も幸せになるという事です。

イムジャと俺と、2人で」

「うん……そうね。そうよね。

幸せになろう。우리(ウリ 私達)……

「はい——



俺達は、どちらからともなく身体を寄せ、抱きしめ合った。



俺の懐にすっぽりと収まって、イムジャが訥々と言う。



「お墓でね……メヒさんと話があるから、あっちへ行ってて、って。

貴方にそう言ったけど、後で同じ事を貴方から言われて、ちょっと淋しかったわ」

「すみません……

「ううん、貴方もそうだったかな、と思って。自分の事ばっかりでごめん……


——て、私、謝ってばっかりだけど、大丈夫?」

「大丈夫とは?」

「謝るような事ばっかりしてるから」

「別に俺は怒ってません。困ってもいませんよ。まだ」

「まだ?」

「はい、今はまだ。きっとこの先は、困る事がたくさんあると思いますが」

「あら……それって、私が貴方を困らせるって事?」

「貴女以外に誰がいます?」

……そうね。何か釈然としないけど、まぁいいわ」



——ちょっと眠くなってきちゃった……



そう溢して、イムジャが俺の胸に擦り寄って顔を埋める。



今日はいろいろ話せて良かった……



イムジャが、ふぅーーーと、大きく息を吐いて、ぎゅ、と俺の背中を抱く。




——幸せだ。



俺はもう、既に幸せです。



貴女もそうですか? イムジャ……




程なく規則正しい寝息が、心地よく俺の胸元から聞こえてきた。



それに芯から安堵しながら、俺もそのまま目を閉じた。



............................................................



翌朝。


涙は無しで、美味しい美味しい、と朝餉を食べ終え、女将に礼を言って……


俺達は今度こそ、開京へ向かい馬を走らせた。



王様達は西京(ソギョン)を越えた辺りだろうか……



ゆるやかに馬を駆りながら、イムジャが言う。



「テマンくん、怒ってるかしら?貴方の事が大好きなのに、別行動になっちゃって」

「あいつも大人になりました。やるべき事はわかっているはずです。

もし臍を曲げていたら、貴女が何とかしてください」

「えぇ〜、大変そう……



他愛もない事で微笑み合いながら、俺達は都への道を駆けた。