鴨緑江から戻り、安州軍営地へ王様を送り届けた俺は、そのままその御前に控えていた。
「お話がございます。王様」
そう言って頭を垂れた俺を見て、ヒジェがチュンソク達の背中を押して、人払いしながら外へ出て行く。
「……どうしたのだ?改まって」
ヒジェ達から目線を戻し、王様が不思議そうに俺を見る。
「ご報告とお願いがございます」
「何だ?」
「この地に留まる事、王命をいただいておりましたが、此度は帰京のお許しをいただきたく。お戻りの供に加わりたいのです」
「……それは、其方が居れば心強いが……ペ隊長が居る故、道中の心配は要らぬぞ」
俺がこの地に留まっている理由を、誰よりもご存知な王様が、解せない様子で眉を寄せるのへ、
——王様。
俺は意を決して膝を折り、竜顔を仰いだ。
「医仙が戻られました」
「………」
「———真か‼︎‼︎?」
たっぷり俺の顔を見つめてから、王様も膝をついて俺の肩をぐい、と握る。
「! お立ちください、王様!」
「おお、立つとも。して、何処だ?どちらにおいでなのだ??」
「今は私の部屋にいらっしゃいます」
「そうか。いつ戻られたのだ?」
「は……今朝です」
「……今朝だと?」
王様は深く息を吐き、眉間に手を当てて
「……ようやく医仙が戻られたというのに、其方は朝からずっと、余に付き合うていたのか。
全く……余は忠義な臣を持ったものだ……」
そして、呆れ顔で俺を見ると、
「大護軍は今直ぐ戻って帰京の準備をせよ。
慌てずとも良い。ゆるりと抜かりの無いようにせよ。
それから急がぬ故……余も医仙に会わせてくれ」
そう言って、王様は柔らかな笑みを浮かべた。
............................................................
足早に兵舎へ戻って来た俺を見て、騒ついていた兵士達がぴたりと止み、みな一斉に頭を下げた。
それを煩わしく思いながら、俺は己が部屋の前に立つ護衛に声をかける。
「テマンは?」
「は!中にいらっしゃいます。……それが、大護軍、あの、他にも、」
それ以上言うな、と、じろりと目線を遣って、俺は部屋の扉を開けた。
「———ヨンァ!」
イムジャが走り寄って来て、俺の首に飛びついてきた。
テマンが、静かに部屋を出て行くのを目の端で捉えながら、俺はイムジャを抱き留める。
いつぞや王宮の橋の上で、同じような事があった……
あの時の俺は、まさかイムジャが、飛び込んで来てくださるとは思いもせず……
いや、そうしてくださらないだろうかと、ずっと何処か願っていた気がする——
そんな想いで、つかえていた喉から、戻りました。と、何とか声が出た。
「おかえりなさい。ヨンァ」
「遅くなり申し訳ありません。イムジャ」
「それで、何があったの?王様は何だったの?」
鴨緑江での事を、俺はイムジャに残らず話した。
「そうだったの……さすがは私達の王様ね。素敵だわ」
「はい」
すっかり涙脆くなられた……イムジャが目頭を押さえながら、しきりに頷いている。
「——イムジャ。開京へ戻りましょう」
「開京へ……帰れるの?」
「はい」
「叔母様や王妃様、トギにマンボ姐さん……また皆んなに会えるのね?」
「はい」
嬉しい……
イムジャが泣き笑いの体で呟くのを、俺も笑顔で見つめた。
「まずは王様にお目通りを。大層お待ちでいらっしゃいます。
それから、チュンソクやトクマンにも、会ってやってください」
「嬉しい!もちろんよ」
「他にも会わせたい者がおります」
「そうなの?誰?」
「ですが、その前に、」
「まだ何かあるの?」
鼻を啜りながら瞬きするイムジャの頬を包みながら、俺は真っ直ぐ視線を合わせる。
「……俺と話をしましょう」
言って、俺は唇を重ねた。
話にならないじゃない……と、消え入りそうにイムジャが独りごちるのが、心地よく耳に響いた。
............................................................
少し修正いたしました。申し訳ありません
ビビ 2023.2.16