聞きましたか?
新任の隊長(テジャン) 若干22歳の若造だそうですよ!
赤月隊の部隊長で 並外れた武功の持ち主
ひと振りで何人もの敵を倒し 手から稲妻を放つとか
赤月隊なんて、敵の寝首を襲って逃げる それだけの奴らだろ
口を慎め 今の高麗があるのは、赤月隊のおかげだ
……全部聞こえてるぞ。
とんだお喋りがいたもんだ。やれやれ……
はぁーーーー
俺は大きく溜め息を吐くと、開いたままの扉から音もなく中へ入り、目の前に蹴り現れた隊員の足を掴んだ。
呆気にとられる隊員達の顔、殺風景な兵舎の様子……
ぐるりと眺めてから、俺は一番の長の首へ、親しげに腕を回した。
そして、部屋の隅の台を寝床と決めて、ゴロリと横になった。
赤月隊での生活を思うと、迂達赤(ウダルチ)……ここはどれだけ平和で暇なんだ。
こんなに暇があるなら、ずっと眠っていたい。
夢でならきっと会えるだろう。
父上。師父。メヒ。仲間達に。
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王を守る近衛……迂達赤とは、この程度か——。
其処彼処に呻き声を上げながら、隊員達が転がっている。
鍛錬場で、少しばかり手合わせしてみた俺は、呆れて溜め息しか出なかった。
まぁ、当然といえば当然か。
俺達赤月隊が、命の遣り取りをする日常だったのに対し、こいつら迂達赤は王宮の守りが主で、実戦経験の無い者がほとんど。
もちろん、日々の鍛錬はしているようだったが……
いかさま、赤月隊とは比べものにならない。
「……テジャン、もう一度、お願い致します」
——副隊長(プジャン)ペ・チュンソクといったか。
若干上がった息を鎮めながら、俺に向かって真っ直ぐ目を向けてきた。
「……やるか?」
「はい!」
チュンソクは会釈をすると、さっと木刀を構え俺を見据えた。
この中で、この男が一番よく仕上がってる。
流石はプジャンだな……
俺は口端で薄く笑うと、片手で木刀を持ち、プジャンに正対した。
とにかく、こいつらには実戦が足りない。
いくら王を、王宮を守ることが一番とはいえ、こんなぬるま湯のような場所で、鍛錬だけしていても意味が無い。
折しも、元との小競り合いや、倭寇の襲撃も起こるようになった頃。
その現場へ、俺は数名ずつを引き連れて、参戦するようになった。
2名、3名を一組としての戦術。
それに向けての各々の動き方。
相手の心理さえ、計算に入れての攻撃。
赤月隊でムン隊長から学んだ、己れと仲間を守り、任務を全うする為の一連の流れ……
もちろん、当たり前に俺は先陣を切って戦った。
負け知らずだった。
それも当然。
赤月隊の頃とは違い、敵については全て正確な情報が渡され、味方の援護も供給もあるのだ。
これで、赤月隊の力があって、勝てない訳が無い……
改めて赤月隊の置かれていた境遇の惨さに、憤りを感じずにはいられなかった。
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実戦経験を積み、迂達赤達がまともに使えるように育った頃、あの鬼畜王が死んだ。
最期は元から疎まれ、追放される形で死んだ。
都を追われ出て行く時の、情け無い姿を見て心底絶望した。
様を見ろ、清々した……もちろんそれもあった。
だがそれよりも、これが数多の犠牲を払って守ってきた王の姿かと……
その死に様を聞いた時、こんな奴のせいで……と、赤月隊の末路が思い出され、俺は胸の内で慟哭した。
奴の死後、共に迂達赤として生きてきた赤月隊の仲間も、ひとり、またひとりと隊を抜けていった。
師父の志は、十分に果たした。
もうこれ以上、王宮に仕える理由も気持ちも無い……
そう言って去っていく家族を、俺は家長として見送った。
その後、奴の長子が王位に着いた。
王といっても、病弱な8歳の子ども……周りの重臣達や、生母である元の皇女が政を牛耳り、王宮の内も外も、騒つく日々が続いた。
その幼い王・忠穆王(チュンモクワン)も4年足らずで崩御。
次に王位につく事になったのは、その弟。
まだ11歳の子どもだった。
もちろん、それも元国が決めた事。
高麗には何の決定権も無い……
——いよいよ俺も潮時か。
仲間達も見送った。
迂達赤達も仕上がった。
後はチュンソクに任せて、俺も王宮を去ろう。
安州へ行って、静かに暮らそう……
もう十分頑張ったよな、俺。
そうでしょう?師父。父上。
待っててくれるだろ?メヒャ。
そのつもりで、俺は即位する少年王を出迎えた。
慶昌府院君(キョンチャンプオングン)
元に呼ばれて入朝していた王子が、新たな高麗王として開京へ戻ってきたのは、夏の暑い日だった。