「生まれはいつなの? へぇ、私のほうがお姉さんか。よろしく。トンセン(弟)!」
初めて会った時、あいつは妙に上から目線で。
俺は面食らって、直ぐに返す言葉も無くて。
ポカンとしていた俺をよそに、ヒジェが先に言い返した。
「何だよ、2か月ばっか早く生まれたってだけだろ」
「あら、それでもお姉さんでしょ。ヌナ(お姉さん)って呼んでいいのよ?ヒジェャ〜」
なっ、なんだとーーー⁉︎
揶揄われたヒジェが、真っ赤になって怒っている。
そして、あいつは俺のほうへ顔を向けて
「メヒよ。よろしくね。ヨンァ」
やっぱり、何故か偉そうにそう言った。
タン・メヒ。
12の頃から赤月隊に居るらしい。
親と死に別れた所をムン隊長に拾われて、女だてらに軽功も体得済み。
多節鞭の使い手として、大いに期待もされている——
「……凄いな。女の身で。俺達と同い年だろ?」
ヒジェからメヒの事を聞き、俺は素直にそう口にした。
「いゃあ、ありゃあ女じゃないぜ。前に山で熊と出くわした時も、ひとりで仕留めたんだって話だ。こう、鞭で締め上げて。熊女だよ、熊女…… 、痛って‼︎」
いつの間に居たのか、メヒが背後からヒジェの耳を摘み上げる。
「誰が熊女よ? え?」
「痛っ!離せよ、いてーよ‼︎」
ヒジェの耳を掴んだまま、メヒが俺に目線を投げた。
「ヨン、あんたもよ。女だからって何?
赤月隊(ここ)では男も女も無い。
皆んな、任務の為に命を懸けて助け合う仲間よ。隊長は家族、って言ってるわ。
だから、差別するのはよして」
思わぬ誤解を生んだ、と俺は慌てた。
「差別したつもりは無かった。気を悪くさせたなら謝る。すまない、メヒ」
素直に頭を下げた俺に、メヒは急に口篭って
「 っ、な、何も謝るほどの事でもないわ。言ったでしょ、私達は家族なんだって」
だから、生意気な弟にはお仕置きしないとね!
——あ〜!痛たたたたたた‼︎ オイッ‼︎
目の前で始まったメヒとヒジェの戯れあいに、俺は思わず吹き出した。
“家族”
早くに母を失くし、心の拠り所であった父も逝ってしまった。
そんな俺にとって、赤月隊の仲間達は本当に家族だった。
ヒジェは、周りが本当の兄弟か、と思うほどの存在だったし、メヒとも、戦場では互いに助け合い護り合う、息の合った相棒だった。
ヒジェが弟同然に可愛がっていたドンジュも、子どもながら隊の世話係として立ち動き、皆んなに可愛がられていた。
気持ちの通じる、いい奴らと俺は一緒に居た。
赤い月の武士(ムサ)達——
不吉な出来事の前触れと、忌み嫌われる赤い月。
その月のように、敵から恐れられる存在であれ。
そして、敵から国を、民を、守れる存在であれ。
表には出ず、闇夜に溶ける存在だったとしても。
自より他の為に生きよ——
その名を付けた師父の決意。
喪に服す暇があったら国の為に尽くせ、と言い遺した父の意志。
その想いに付き従う事で、俺はようやく生きる意味を見出せていた。
毎日が死と隣り合わせ。
だがそんな日々が、俺にはとても性に合っている気がしていた。
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俺が入隊して4年の月日が流れていた。
任務から任務を渡り歩くように、内々の命令が中央から届く。
ある時は敵船を密かに沈める事であったり、敵将の寝首を掻いて、戦意を喪失させる事であったりした。
高麗国内にいくつかあった、赤月隊の隠れ家。
その一番北の安州の村。
ヒジェとドンジュは、隊を去った後も、そこをしっかり守り、隊員達の世話をしていた。
そこへ身を寄せながら、密命に動いていた時。
数名の仲間と敵陣深く入り込み、夜襲をかける算段だった。
2人1組で、それぞれ他方向から攻撃を仕掛ける。
メヒと組み、敵と対峙しようとしていた俺は、不覚にも見張りに見つかってしまった。
メヒの多節鞭がしなり、1人、また1人と薙ぎ払っていく。
その隙に俺は、仲間達と共に敵陣に斬り込み、大将首を挙げた。
その時、残党の1人が大刀を振り上げ、死にもの狂いでメヒに向かっていくのが見えた。
「 ——メヒ‼︎」
俺は一足でメヒの所まで跳んだ。
残党から、決死の一閃が振り下ろされる。
俺はその間に身を入れた。
「ヨンァーーーッ!!!!!」
メヒの悲鳴が、頭の片隅を掠めて消えた。
目が覚めた時、俺は安州の隠れ家に寝かされていた。
周りには、心配そうに俺を囲むヒジェをはじめ、仲間達の顔、顔、顔……
「ヨン!気がついたか⁉︎」
「良かった!心配したぞ」
「ああ、まだ寝てろ。無理するな」
「全く無茶しやがって!馬鹿野郎‼︎」
起き上がろうとして、引き攣るような痛みに顔が歪む。
どうやら、左肩を斬られたらしい。
夢中だったんだ。メヒが斬られるかと思って……
「——! メヒ!メヒは??」
「大丈夫だ、メヒは無事だ。おい、メヒャ」
俺を囲んでいた男達の壁の向こうに、メヒが居た。
部屋の隅に、突っ立ったままで。
ああ、良かった。無事で。
俺、お前を守れたんだな……
「メヒャ。良かった。俺……」
と、メヒが突然部屋を出て、走り去ってしまった。
「メヒ⁉︎」
何事か、と、メヒの姿を見送る仲間達を置いて、俺は痛んだ身体を起こし、メヒの後を追った。
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突然に始まりました。ヨンの昔話……
ヨンが北へ行く前に、禁断のメヒちゃん編です。
基本、大真面目にヨン♡ウンス至上主義なので、だいぶ悩みましたが避けては通れませんでした!
何とぞお付き合いくださいませ……
ビビ