「待たれよ、護軍」


振り返るとイ・セクが、小走りでやって来るのが目に入った。


「先程の、もう少し、詳しく、聞かせてくれぬか」


文官故に、普段駆ける事などないのだろう。

二の句を繋ぐのに、随分と息を整える時が要るらしかった。


「医仙は、今どちらに?」

……探しております。元に行かれたのか、高麗内に身を隠しておいでなのか、まだわかっておりませぬ」


イ・セクが、俺の言葉に訝し気な目を向けた。

互いが視線を外さずに沈黙する。


しばらく睨み合った後、イ・セクが声を落として


……護軍」

「はい」

「某の目を見よ」

……は?」


俺は思わず素で返してしまった。


左政丞の片腕は、じっ、と探るような目で


……本当のところを聞かせてもらいたい。それによっては、今後の我らの出方も変わってくるやも知れぬ」


そして、俺の前に一歩、間合いを詰めてくる。


「其方と医仙の事は、我々も聞き及んでおる。それをとやかくは言わぬが、もし、医仙を何処ぞに隠しておるのなら、」

「イ先生」


「征東行省を占拠したあの折……王様と其方たち迂達赤、そして王妃様の強いお気持ちに我らも心を決めたのだ。高麗が高麗たる所以。元の属国ではなく、ただ誇り高い高麗である為に」


俺たちが征東行省で闘っている間。

反元か保守かで紛糾する中、イ・セクは王と高麗を守らんと、誰よりも声を上げていたと聞いた。


あれからひと月もたたぬというのに、元々親元寄りであった者たちの中には、元に擦り寄って赦しを乞おうという輩まで現れる始末……



「故に、隠し事はしないでもらいたい。少なくとも左政丞様をはじめ、我々は元と徹底的に闘う覚悟。今更逃げようとは思わぬ。其方も志は同じではないか?」


イ・セクの頑とした目が、俺を見据えていた。




——イ先生」


俺はイ・セクから、やや間合いをとりつつ真っ直ぐに向き直った。


「私が何か隠していると思われたようですが。私も高麗武士のひとり。高麗の為にならぬ事は、隠し立てなど致しません」


故に、信じていただくよりありませぬ。


俺はきっぱりそう言うと、護軍、と、まだ何か言いたげなイ・セクに、一礼して立ち去った。



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天門の存在。華陀の弟子。天人(あめびと)と呼ばれた女人。


あの方を高麗にお連れしてから、数多の噂が立った。

だが、今となってはあくまでだ。


イムジャが天界へ戻られたことは、なるべく秘めておきたい。


元との衝突が避けられない今、おそらくソン・ユあの者がまたやって来る。

あの元の断事官(ダンサグァン)の耳に入れば、また厄介な事になりかねない。


キ皇后も、イムジャについて何処まで知っているのか。

キ・チョルの死は自業自得……とはいえ、少しでもイムジャが関わっていると知れば。


あの方にどれほどの危害が及ぶだろう。



俺は兵舎に戻ると、北へ行く王命が出た事、その手筈や皇宮の守備など、チュンソクたちと事細かに取り決めた。


国境の護りを固める事は急務だ。

王命で既に地方軍と連携し、軍糧も集めていると聞く。


はじめ北方の軍の指揮にはアン・ジェの名前もあったが何とか俺が間に合った。


とはいえ、王様を第一にお護りする迂達赤を、ぞろぞろ連れて行く訳にはいかない。



「テジャン。北へは他に誰を遣りましょう」

「俺が行きます‼︎


その先をチュンソクが口にする前に、トクマンが勢いよく立ち上がった。


「テジャン、お供させてください!」

……戦になるぞ」

「大丈夫です!」


何が大丈夫だ、馬鹿


俺は遠慮なくトクマンの頭をはたく。




選抜者の名簿を見たチュンソクが、不安を滲ませて言う。


「たった20名ですか……

こんな少人数で、しかも手練れの数は知れています。テジャン、もう少し選抜されては」


「北の主力部隊は地方軍だ。俺はその指揮をしに行く。迂達赤を率いて行くのではないからな」

「しかし」

「それより皇宮を頼むぞ。もっとアン・ジェと連携を密にしろ」


俺は、気掛かりを顔に貼り付けたままのチュンソクの肩を叩くと、迂達赤たちを前に声を張った。


「出立は明後日だ。選抜隊は心して準備。明日は休んで出立に備えろ。

他の者は副隊長に従い王様を、皇宮をしっかり護れ」


イェ‼︎‼︎


気合いの入った迂達赤たちの声が、兵舎に響き渡った。