世界は平等であるという認識が私は嫌いだ。

人生は生まれながらに不平等であり、不公平だと思っている。

 

見た目や、資産背景、身体能力etc

努力の一言で片付けられないことは山ほどある。

 

平等を訴えるのはいつも上の立場にある人。

下から精一杯声を張り上げても、高すぎるその場所に声は届かない。

 

ただその中で救いに感じるのは、

幸せの定義が辞書や国会で決められていないこと。

 

何を幸せに感じるのかは個々が自由に決めてよく、

それぞれが幸せを追い求める気持ちだけは平等だと思う。

 

大金持ちは忙しい両親も揃っての家族4人で囲む食卓を羨ましがり、

貧乏人は食べたことのない美味しい料理を羨ましがる。

 

強豪校は勝たなければならないプレッシャーと共に勝ち進み、

弱小校は番狂わせを起こすために伸び伸びとプレーし思い出を作る。

 

それなら私にとっての幸せは何なんのだろうか。

ゆっくりなんて言ってられないけど見つけていこうと思います。