パラリンピックや24時間テレビ・・・最近そういうテレビを見ていて、娘が言いました。

普段からもっと、こういうことをテレビで取り上げるべきだね。

私もそう思います。・・・・・普段の生活で、あまりに障害者と言われる人たちのことを知る機会が少ない。

社会の仕組みの中で、あまりに隔てているいるものが大きいのではないのでしょうか?

私は障害者という言葉が好きではありません。

今回も思いましたが、何か体に障害があっても、心は健常者よりも明るくて前向きで、本当に素晴らしい人がたくさんいる。

教えられることもたくさんあります。

何も障害がなくても心を病む健常者がなんて多いことか。

障害っていう言葉を、障害のある人たちは使っていません。個性だと言っています。

現在、ADHDとか自閉症などの細かい診断が下されるようになって、発達の障害というものがクローズアップされるようになりました。

でも、それは個性。

ADHDで有名なのは、長嶋監督や、黒柳徹子さん、イチローなどと読んだことがありますが・・・・・・どの方にも暗さを感じません。

親が暗く育てていない。周りの人だって個性を尊重しているのです。悲観していないし、その人を信じて、尊重する周りがあったからこそ、今成功して輝いている。

新しく病気とされたことで、親が、悲観したり病気だと決めつけることで、心に暗さを持ってしまっては、この人たちのせっかく持った才能を潰しかねません。

もっと社会が差別なく、個性を大切にするようになれば、うつになる人だって減ると思うし、

鬱になる前に、社会の仕組みや、偏見や生きづらくなるような要因を減らすことはできないだろうか?

わたしは、ヒプノセラピストの資格を取りましたが、クライアントさんが、ヒプノをするようになるまでに、原因となる因子を減らすことができなかっただろうか?

最近そう考えるようになりました。

繊細すぎて、暗い子がいれば、学校がカウンセリングを進めます・・・親は特別感を持ってしまうかもしれません。子供は自分がおかしいのではないかと思ったりします。

カウンセリングをあちこち回された後、気持ちが晴れない時は病院を勧められ・・・薬を飲むようになり、抜けきれなくなってしまう・・・その薬は本人にとって良いものであればいいですが・・・性格を変える・・・静かになることで親や周りは良しとしても、本人の個性はどこに持っていかれてしまうのだろう?

それがいいことなんだろうか?

教育の場で、カリキュラムどおりがすべてで、少しはみ出たら特別なんだろうか?

人はロボットではない。同じものを大量生産して、特別なものを省くような仕組みが、いいのだろうか?

何か手立てがないだろうか・・・?

社会の方向性を、鬱になる人を減らすように出来ないだろうか?

むしろ、昔みたいに、個性を大切に・・・・人情があって
学校や大人が、どんな子でも受け入れたり、叱れたりできたら・・・・子供の心が寄り添える場所があったら・・・・もっと良い世の中にできるんじゃないかなと思います。