私はエレクトーンの指導者協会というところに所属しています。

私はエレクトーンの先生の中では、雑草みたいな人間です。

どちらかと言うと、裕福な家庭で育って、音大に入り上品な人たちが沢山いるようなところです。

品が良くて、ゆとりがあって、皆さん気持ちがゆったりとしていて優しい方ばかりです。

なので、音大も出ていなくて、田舎育ちの私は、ここでは、雑草みたいな育ちをを隠しながら品よく、大人しく周りにあわせているという感じでした。

よくサッカーでもハングリー精神のある国が強い。とかありますが、そんな私は、あるとき、その先生の大会で関東を抜けて、全国で何人かの賞を受賞することがありました。

そこで、私より良い賞を同じお店で一緒に受賞した方がいました。

ある渋谷の演奏会で、演奏することになり、お茶をしたのですが、品が良いに違いないこのお仲間のなかで、彼女は、時々タバコを吸いにゆき、今までどんな曲をアレンジしてきたかと言うお話しになったときに、あまりに同じ類でびっくりしてしまったのでした。

例えば・・・・太陽にほえろ!メドレー、暴れん坊将軍、必殺仕事人殺しのテーマメドレー、笑点、ウルトラマンメドレー、ちょんまげシリーズ etc・・・・

明らかに、同じ臭いのする彼女は同じ年。・・・・・品がいいとは言い難い。

そして、彼女がもと不良で、(私はいたってまじめでしたけどねっ笑)警察官の旦那様と結婚したという・・・とってもミラクルさんだとわかり、意気投合したのでした。

それから私たちは、昭和歌謡大全集など、山本リンダみたいな、腰で結んだシャツに付けまつげ、あやしいパンツという、おもしろ演奏バンドまがいのことをしました。

実は彼女も明らかに浮いていると思っていて、アウトロー的な感じで、今までの研修に参加していたのでしたが・・・・

その彼女が何年か前、大きな病気をして、エレクトーンをお休みするという大変な事態になり、励ましのメールをお互いしながら心配していました。

そして、今回彼女は、ようやく、お母さんと私の生徒さんが出る大会を見に来てくれたのです。

そして、体調が悪いときもいつも、会報で、私の名前を探して見つけるのが楽しみだったと言ってくれました。

それから、私のことをお母さんに自慢の友達だと話していてくれたのです。

一人で、戦場に出ているような、孤独に、すこし不安で、なんとかやっとやれていた私なのに、病気のお友達が、こんなに思っていてくれたなんて、なんてありがたいことなんだろう。

しらなかったところで、誰かに思ってもらっていた自分は、なんて幸せだったんだろうと思いました。

今はあまり使わない言葉ですが、こういう義理人情があるから、私はまた頑張れるような気がします。

ヒプノセラピー  vivace ビバーチェ

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