2023年11/10【683】very good 難易度2

熱気球単独太平洋横断中に消息を絶った冒険家・神田道夫。
彼と共に空に飛んだ写真家(え?冒険家じゃなくて?)の石川直樹が綴る神田最期の遠征の記録。
第6回開高健ノンフィクション賞受賞作品。


神田道夫さんは、表向きは出世を諦めた一介の公務員、裏の顔は数々の熱気球世界記録を樹立し植村直己冒険賞まで受賞してしまった気球のエキスパートである。

結果的には失敗に終わったものの著者は神田氏と共に第一回熱気球太平洋横断の遠征経験がある(というところまでは前に読んだ本に書いたあった)。


『気球』という言葉にはふわふわとどこか牧歌的なイメージがないだろうか。
気球に乗ってどこまでも行こう、風に吹かれて宇宙を越えて。

そんな気球遠征の実態は、高度一万メートルまで急上昇し、ジェット気流に乗って時速約200キロで東に向かい、約60時間かけて北米大陸の『どこか』へ到着するというもの。

え???
8,000m級の登山ですら何週間もかけて高度順応するのに?
しかも自作の熱気球で??

この「???」連発の遠征は、この「???」ゆえに結果的に失敗…
というか、一回目は太平洋に不時着、二回目の神田単独飛行時には音信不通から消息不明、そのまま捜索が打ち切られて現在に至るのであるが。


著者である冒険家、じゃなくて写真家の石川氏は、それまでのエベレスト登頂の経験(縦方向)とスターナビゲーションのみによる航海経験(横方向)が気球遠征にとても役立ったという。

とは言っても、山登りも川下りもスターナビゲーションも航海術も、最初は何一つわからなかったのだ。

一つ一つ経験を積み、装備を徐々に買い揃え、ある程度の時間をそのフィールドで過ごしてはじめて、そこは自分の居場所となる。

たぶんそれは今までもずっとそこにあったものかもしれない。
だが自分の居場所となったその世界と、自分の身体が一体となれたとき。
初めて見る新しい世界が、そこに開けるのだ。

ああ、なんと壮大なのだろうか。
人はこうやって冒険のとりこになっていくんだろうな。


そんな冒険家、じゃなくて写真家の石川氏は言う。
『現代の冒険とはこの世の誰もが経験している生きることそのものだとぼくは思っている。日常における少しの飛躍、小さな挑戦、新しい一歩、その全ては冒険なのだ』と。

一方、神田氏は
「絶対に成功するとわかっていたらそれは冒険じゃない(でも成功するという確信がなければ出発はしない)。」
と言っていたそうだ。

わたしの人生を豊かにするのは、日常のほんの少しの勇気と挑戦。
そのことを改めて二人に教わった気がする。


それにしても神田氏は…
なんて不器用な人なのだろうか。
自分の好きなこと・やりたいことにガムシャラに突き進んできたがゆえに数々の世界記録を達成できたのだが。

英語もわからないのに、人の意見に耳もかさず、ワンマンで、リスクを全く考えず楽観的すぎて、ただ一人で前だけを、成功することだけを見すぎていて。
不器用で、だから結局こんな結果になってしまって。

横暴な計画だったと片付けるのは遠征が失敗に終わってしまったからだろうか。
もしこれが成功していたら彼は英雄扱いされて「日本初の快挙!これが成功の秘訣!ネバーギブアップ!」などと称賛されたのであろうか。

パートナーとして、弟子として、友人として、神田氏の記録を残そうと決めた石川氏の想いが胸を打つと同時に、読了後はやるせない思いが残った。


本書は、二人が共に経験した高度一万メートルの世界と、九死に一生を得た地獄のような太平洋漂流体験と、まるで暴走したかのような神田さん単独遠征と、その後日談。
冒険ものにしては比較的短くて読み易し。


ああ私も、
空を飛んでみたいなぁ。


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