テーマ「手」 2
歌人への道
コメント
母の病室は、6人部屋だ。カーテンで仕切られているとは言え、なんとなく落ち着かない。そこで、車いすを押して窓辺で話をするのが常になった。窓辺のスペースでは誰もが外を見ている。夕方になると、12階のそこからは、夕焼けがきれいに見えた。私は人の目を気にしないで車いすの母の手を触った。こんな時でもないと、堂々と母の手を触れないかもしれないという思いを残したくて作った短歌だ。
しかし、実際は、母から「やめて」と拒まれた。嫌になるくらい、私がしつこく触っていたからだろう。母は私が心配するほどには、弱っていなかったのだ。
上の句の推敲 夕焼けを見ようと乗せた車いす
・病院で、車いす母の手を握る
・気兼ねなく母の手にさわれる
・母の指にゴールドのリングを見つけた。昔からこのリングをしているな
・車いすで向かった先に夕焼けが待っていた
・たどり着いたのは、夕焼けが見える窓辺
・病棟の窓 窓辺の母 車いすのとなりで 母の手を撫でる
・子供に返るひととき
思いつくままを書き出してみた
・まずは、その場所に高齢の母を連れて行かなくてはならない。
・私の目的は、車いすに乗っている母と人目が気にならない場所に行くこと。
・誘い出す理由は、夕焼けがきれいだから。
① 夕焼けを見ようと押す車いす
5_6_5 真ん中の6音を7音へ
② 夕焼けを 見ようと乗せた 車いす
窓辺も12階も出てこなくなったけれど、夕焼けを見るシチュエーションがわかればいい。
下の句の推敲 心ゆくまでなでる母の手
① 人目気にせず母の手をさわる
7音_8音目なので、「さわる母の手」にして7音におさめる。
・じっくり見た母の手に指輪があったこと。
・子供の時に手をつないだ思い出。
・大人になった今、思い出すこと。
・子供に戻ったみたいだと感じたこと。
それらは、詰め込みすぎになるので、今回は省くことにする。
② 人目気にせずさわる母の手
さわるよりもっとうっとうしい、私よがりの「なでる」のほうがいいかと変えてみる
③ 人目気にせずなでる母の手
「人目気にせず」は、「人目を気にせず」と「を」入れるのが正しいのでは?と調べてみる。「を」をちゃんと入れたほうがよさそうだった。今度は音数が合わなくなるので、ほかの言い方を調べる。
そして、「心ゆくまで」にたどり着く。
誰もが夕焼けに気を取られている窓辺のその時間は、人目を気にしない場所だけど、心ゆくまでに変えてみると、人の目を気にしないどころか、私の気が済むまでと、もっとひとりよがりの感じが出てきたので、こちらの方がしっくり来た。
心ゆくまでなでる母の手
撫でるではなく、平仮名の「なでる」にしてみた
「心」から「母」まで平仮名がつながるのも
私のしつこさが表現できたようでよかった
類義語
「人目を気にせず」をほかの言葉で…と考えたときに類義語を調べて、「心ゆくまで」にたどりついた。この時の「ああ、これこれ!」とぴたりと「はまった感じ」が何とも気持ちがよかった。
その数日後のこと、木下龍也さんの著書のなかで、「僕は類義語検索をよくする」という一節を読んだ。その時に、「類義語は同じような意味を持つ言葉であって、全く同じ意味ではない。その意味について改めて考えるようにしている」と書かれていた。
これを読んで、もっと嬉しくなった。


