最後は阪神が意地をみせ、セ・リーグ唯一の勝ち越しに!
これにより交流戦勝率1位はソフトバンクに決まり、タナボタの賞金増

500万が1500万になっちゃいました!
オリックスに3タテ喰らった阪神が最後にパの首位相手にワンサイドゲーム。
草野球のようなミスを連発した日ハム。
とてもいつもの日ハムには見えませんでした。
これも全て阪神ホールディングスの株主さん達のチカラかな?
試合前に株主総会があり色んな意見が出たようですから、『ヤバい!』と思ってチームが奮起した結果でしょうかね。
まあ、こちらとしては日ハムが負けてくれたんでラッキーでしたけど。
話しは変わりますが…
先日の名古屋遠征の際、名古屋ドームに行く前に寄った所がありまして…
『岡崎城』
家康は、6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしましたが、19歳で戻って以来、この城を拠点に天下統一という偉業への基礎を固めました。
左は竹千代(幼少期)、右は家康公
岡崎市の特産品は石製品や八丁味噌が有名です。
お城を見学した後、
三菱自動車の工場内にある『三菱オートギャラリー』に行ってきました。
何でか?って言うと…
これが我が家に来た最初の車だったからです。うちのはもう少し色が濃かったけど、確かにこの型でした。
私が小学校低学年の頃、車の横に立って撮った写真がまだ実家に残っているはずです。
まだ中央自動車道がちょっとしか出来ていない頃、長野県にある母親の実家まで行くのに10時間も揺られて、ゲロゲロになった記憶も。
車は違いますが、再開できたことに喜びを感じました。
学生の頃、バイト先の先輩が乗っていて憧れた車です。
GTOに手が出ない人はこちらでした。
日産の『ロケットサニー』と並んでこちらも人気がありましたね。
これにも逢いたかったんです。
コルトの後、トヨペット・コロナを挟んで3代目の我が家の車となったのがこちらなんです。
この頃に私も免許取得年齢になり、自分の車を買う迄の間、乗りました。
若葉マークの時にこの車で追突事故を起こして以来32年無事故運転なんです。
コーヒー好きの妻にはこっちの方が興味があったようです。
この後、名古屋ドームに向かった次第です。














