6日ぶりの休みはやっぱり過食。

ちょっと投げやり気味の日常。

先月の残業時間、70時間超え。
こんなにガッツリ働いてたことが久しくなかったので、かなりこたえる。
常に疲れている感じ。

調理以外にも食材発注や管理をまかされて、やり甲斐を感じる反面、自分には荷が重いと感じることも多い。


私自身、調理従事者として修行する覚悟ができないでいるせいか、仕事にガツガツ食らいついてく積極性が無い。
厨房の人達は実力者が多いけど、典型的な職人肌で、いちいちこちらから聞かなきゃ教えてくれない。
でも忙しかったり前に聞いたことを何度も聞くと、イラついて声をあらげたり理不尽なことで怒られたりもする。

前の職場よりはましだけど、汚い言葉で罵られるのはやっぱりしんどい。

厨房のせわしないテンポも、向いてないなって思う(-_-;)



夜に島の小さな食堂に行った。
客は私ひとり。
カツ丼を注文してゆっくり食べる。

熱々のカツ丼はすごくおいしかった。
寮のごはんは作り置きで米以外は冷めてることが多いから、ほかほかの出来たて
ってだけで嬉しい気持ちになる。


昔読んだ小説、吉本ばななの『キッチン』を思い出す。

確か、祖母の死から立ち直った主人公がひと夏料理の修行をして料理家に弟子入りし、どっかの地方に取材で出張に行った夜、あまりにお腹が空いて地元の小料理屋でカツ丼を食べてその美味しさに感動するシーン。

「いくら空腹だったとはいえ私はプロだ。」
その私をうならせるほどの料理とこんな田舎の小さな食堂で出会えるなんて‥。
そんなニュアンスで上記の台詞が書かれていて、そこに違和感というか若干イラッとしたのを覚えている。
ちょっと独学で学んだ程度でプロを語るなよ、経験年数でいったらカツ丼作ったおっさんの方が断然上なんだよ、と。


吉本ばななの作品にはこの種の傲慢さをしばしば感じる。
一時期好きだったけどもうあまり読まなくなってしまった。


‥話がそれた。
私には今日食べたようなカツ丼はとても作れない。
小さい頃から料理の手伝いすらほとんどしなかったし、一人暮らし時代もわざわざ作ったものを過食してしまうのが嫌で凝った料理や揚げ物は作らなかった。


それでいてホテルでは、今日食べたカツ丼の何倍もの値段で料理を提供しているわけだ。
勿論レシピも行程もきまっているし、私の担当はサラダとか総菜系だから切ったり盛ったりするだけのものが多い。

それにしても。
私には、自分の作った物を誰かに食べてほしいという気持ちが欠けている。
そもそも過食症で食べる量をコントロールできない私などが、人に料理を出してお金をもらっていいのか。
同年代のバイトの子はいつか外国に料理修行に行きたいんだと語っていた。
夢があっていいな。

私は、どうしたいんだろう?
久々の休日。
昼前にチャリ走らせて、島の商店へ。

以下、過食内容
食パン六枚切6枚
黒糖食パン6枚
マーガリン320g
ピーナツバター300g

菓子パン買いに行ったのに、食パンしか置いてなかった(-_-;)


淡々と。パンにマーガリン等を塗って口に詰め込む。
余ったピーナツバターも瓶から直食い。
甘い。油っこい。気持ち悪い。。


寮の食事は全て米食。美味しいんだけど、パンが恋しくなる。

パン食べたいな→でも過食になりそう→どうせならパン祭り(過食)しちゃえば?って流れで今日実行に至ったわけだけど。

なんか、前みたく駆り立てられる焦燥感とか、過食中のフワフワした多幸感はなくなっていた。
過食に依存しているのではなく、過食で気晴らししていた追憶に引きずられている感覚。

前は、他の何をしていても過食に勝る解消法なし!!て思っていたけど、今なら見つけられる気がする。


ジョージ朝倉の短編漫画『シルバラ』を読んだ。
南の島の美しい海で、シュノーケリングして魚と泳ぐ情景がすごい綺麗。


つか、私も南の島いるんじゃん!周り海なのに、未だに泳いだことない(/_;)
私が泳がないのは、まあピーク時で人が多いのと仕事忙しいせいもあるけど一番の理由は、体型が気になって短パンも履けないから。
ビキニとか、生涯縁がないと思ってる。

そう、またしても痩せたら○○したいという行動しないことへの摂食特有の言い訳。
痩せたら人に会おう。
痩せたらおしゃれしよう。
痩せたら泳ぎに行こう。

ばかばかしい。
私一人気にしてるだけで、誰も見てないっつの。


夏休み過ぎたら人も減るし、ひっそりした海にでかけてみよう。
ひとりで泳いで、ビーチサイドでまったりしよう。

憧れているだけじゃ始まらないよね。
もっと南国ライフを取り入れていきたい。