vithalsuti1982のブログ

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アダルト・チルドレン「癒しと再生」 秋月菜央(著) 「他罰」という言葉を知った。何でも人のせいにする。これだ。私が、両親、主に母親から受けた傷は、「お前のせいだ」「あんたのせいでしょ」「ほんっと、お前は」私を責める言葉達は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、積み重なっていって、とんでもない痛みになっていたのだ。アダルト・チルドレン「癒しと再生」/二見書房¥1,543Amazon.co.jpふと、目の前の人に聞いてみた。「ねえ、あなたって、あやまらないよね?」「うん」私の心が高揚してくるのがわかる。重ねて尋ねた。「あなたは良く、人に❝あやまって❞って言うけど、 どういう意味なの?」「半分冗談?ほぼか。 ごめんって言葉、意味ないよね」私の目が見開いた、開ききった。自分の行いを、「悪い」と認識できない人種がいる、という事に、気が付いた瞬間でした。目の前の人、ダンナさんだけじゃない。元彼にもいた。当時の私が、「あなたって、自分にも悪いとこあるって、思わないの?」と聞いたら、「相手が悪いって、完全に思わないと、もたん」と、返してきた。彼は彼で苦しそうだったけど、別れるのに苦労した記憶がある。一緒に居て何もかも私のせいにしてきて、嫌なんだけど、なんか、切り辛い。私は、ずーっと、この「他罰の激しいタイプ」を、懲りずに、引き寄せてしまっていたんだ!あんぐりしている私に、ダンナさんは、こう言った。「みんなそうじゃないの?」聞き馴染みのある言葉だ。「常識じゃろうが」「だって普通そうでしょう」自分の意見ではなく、もっと大きなモノを借りて、言葉をつむぐ人たちを私は、よーく知っている。私の両親である。彼らこそ、「他罰の激しいタイプ」のスペシャリストだ。ダメなのは、子どもの「私」。悪いのは、お姉ちゃんの「私」。母親に至っては、私を怒りながら、わざと嫌みな言い方をして、心躍る、どろっとざわっとした感じを、楽しんでいた感もある。それがわかってしまう私も、毒親である。頭が開けた気分だ。やっと、「他罰の激しいタイプ」にからまれたやぶから、出て来れた。囚われたままでは、何をしても痛かった。もう、わかった。自分をわかるって、自分の傷を認識するって、こんなにも、晴れやかになるとは、思っても無かった。軽い。何も変わっていないのに、目の前に、「他罰の激しいタイプ」なダンナさんも居るのに、もう、傷つけられる気がしないのだ。ランキングに参加中です。自分でいる気がする。お読み頂き、ありがとうございました。 読ママのすすめ ...