本酒四十八手 二合
過日、福島まで花泉を呑みに伺った。そのついでに縄文人の話を聴いてきたわけである。縄文人の生活は一日三時間労働であったと云われている。そして、あまりの閑(ひま)さ加減にどうも長時間、ウンチ坐りをしていたらしいのだ。なぜ、文献がほとんどない縄文時代のことがわかったかというと、あまりにウンチ坐りして踝(くるぶし)の骨が変形していたからなのだそうだ。このような話などを聴くと、私などは完全に生まれてくる時代を間違えたと反省するのである。あまり識られていないが、縄文時代は二千年近く続いており、しかもその間に戦があった形式がほとんどない。おそらく経済という観念があまりなかったから(実際、農業をはじめた弥生人の骨からは矢の跡が多数、発見されたりする)、争わなかったのだろうけれども、確実に21世紀の地球より道徳的であったのは間違いない。ところで、福島の宮畑遺跡には、全国でも珍しい巨大な柱があったであろう穴が発見されている。今のところ、これが何なのかはわかっていない。現代書林さんがこれに眼をつけ、宮畑ミステリー大賞を公募されるらしいので、ぜひ応募されたい。ちなみに、私と寿建設の森崎社長&漫画家の佐藤秀峰さんの意見は、あまりに閑過ぎたので、とりあえず柱を無目的に立ててみた
というものである。つまり、福島の宮畑遺跡に住んでいた縄文人が、日本有数の閑人だったので、あのような偉業を成し得たのではないかという視点となっている。宴もたけなわ、読書のすすめ清水克衛店長の「二足歩行したとき、人類は初めて手がぷらんぷらんするものだから、不安というものがそこで生まれたんだ。それで、ぷらんぷらんしているうちに手を合わせて、合掌。宗教も不安と同時に生まれたって、この前本に書いてあった」というあまりに鋭い一言で、福島は夕暮れていった。福島の友人たちと話していると、ふとここが故郷であったかとおもうことがある。それほどまでに、心地がよいのだ。温かい氣持ちになっていると、森崎社長の「髙草君は本当に最低ですね」というお約束の台詞で、いつものように飲み会も無事〆ったのである。