この国に住みつく同胞日本人はたいがいデザインや美術か料理の勉強にやってくる。
その時のオレの感覚としてはどちらかと言えば料理だがそれはあくまで食べていくため、そして現地の人々と文化的な交流を深める「手段」であって「目的」ではない。
なぜイタリアか。
そう、この民族にはわが大和民族の誇りと自信を取り戻しより正しく生きていくために補う何かを持っていると感じたからだ。
90年代、イタリア人と過ごし、イタリア映画、イタリア音楽、イタリア美術イタリアファッションを愛しそしてイタリア料理にどっぷり浸かってみた。
ところがイタリア人たちがみているテレビ📺ではアメリカ映画ばかり、若者たちは英語曲の音楽を聴き、イタリア料理は世界一だとか言いながらも市販の食料品は体に悪いものばかりという現状。
オレが住み始めた頃というのはちょうどこの国からアイデンティティが消え去る変わり目だったのだろう。
しかしこの国を旅して発見したのは現地の人々には偉大な先祖たちがいてそのDNAが残っているうちはこの民族の良さを垣間見ることが出来る、それは古代ローマ文明なのである。
しかし誰もが知っているようにローマ帝国は蛮族の侵入を防衛しきれなくなり崩壊した。
そして人々はその国家には頼れず自分たちでなんとかしなければ生きていけないということを思い知らされ、軍事力や技術力に優れた文明にも世界の変動に適応するかのようにかつての帝国領内をまずはキリスト教という宗教が統治に大きく関わり民衆の心の中に大きな影響を残した。
それ以来白人が世界の支配者となり欧米のライフスタイルだけではなくこの精神を理解しないと社会的ステイタスの基準となってしまうのだが、そのルーツは一体なんだったのかを知るとわが国の国体は実に堅実な人々によって作り上げられたもので我々の精神性は世界に称賛されるべくものであることが海外を見てこそ気づき始めた。
よく考えてみるとわが国の皇室は西欧がローマ帝国を構築し崩壊させカトリック、正教会、プロテスタントなどと分離しながらもなお世界に君臨するキリスト教世界へと変貌するかたわら東方の果ての島国という利点もありながらも天皇を頂点とした国体を変えることなく維持できたことはアメリカ🇺🇸との戦争を経たこの現代では奇跡だと言えよう。
キリスト教の分離を話したついでに帝国末期の東西ではいったいどのような変化があったか振り返ってみよう。
キリスト教は西暦313年かのコンスタンティヌス大帝はミラノで(これポイント)宗教の自由を容認したらさっさと現在のトルコはイスタンブール、当時のビザンツをコンスタンティノープルと名付けビザンツ帝国の首都として以来政治権力を不動にしたためその後千年も絶対的な力で押さえつけられることに慣れてしまった民衆はその後あっさりソ連の社会主義を受け入れてしまう。
YouTubeで興味深い動画を見てオレが海外で発見したのと同じ考えを説明しているのがった。
それが「ランドパワー」「シーパワー」と言って前者はよりユーラシア大陸的で社会主義を受け入れやすい。そしてモンゴルからジンギスカンに支配されたエリアとほぼ一致する。
現在のEU🇪🇺によってランドパワー化されグローバル化してはいるが、かつての西ローマ帝国、そして神聖ローマ帝国を経て各国が海の向こうを目指しアジアやアフリカを植民地とし貿易で栄えるこのグループは東側と違い政教分離することでバランスをとったことはこの後の発展に大きな影響を与えていると言える。
ソ連に次ぎそして並ぶ東アジアでもう一つのランドパワー、グローバル勢力であるチャイナもまたビザンツ帝国モデルで皇帝は絶対権力でなければならず、そして平和の維持は難しい。
神聖ローマ帝国では列強が乱立してお互い競い合って血は流してきたが科学の発展、産業革命そして近代化は著しく、わが国に天皇が神道という宗教的頂点であり一方政治は幕府が行なってきたことと一致する。
話をイタリアに戻すが、EU🇪🇺の一員になりユーロ💶通貨になってますますアイデンティティがなくなり、そして移民がこの国の主人になってしまいそうな今日だが、形を変えて行き続けていくローマンスピリットはよく見ればまだまだ見つかる。
それは敗戦後失った我らの伝統文化と精神性も同じことが言える。



