さて、グイドの事業は、一見「あれもこれも」と、幅広すぎる、悪く言えば、おもいつきだけで、ジャンル増えているように見えるかもしれないが、実は、一貫していると言うことを知ってほしい。


それは何か。


日本人としてイタリアのいい部分を吸収して、イタリア人に日本のいい部分を吸収してもらう。つまり、与え、与えられる、ということだ。


これまでイタリアが大好きで、日本でも、イタリア製品がどこで入手できるか知っていて、それらを使っている人たち。その上、イタリアには、何度も足を運ばせて、イタリア人の友人もたくさんいるという人たち。グイドは、そういう人たち親しい。


グイドは、イタリアに住んでいるため、この逆のイタリア人との交流が多い。つまり、日本大好きイタリア人だ。


特にイタリアの通貨がユーロになる前は、前者の日本人方が優勢だったし、イタリアはもともと観光資源が多いこともあり、今後も当分は、この状態が続くだろう。

その中の一人の友人のブログ を読むと、最近のユーロ高によって、もともと高い輸入品のイタリア製品漬けの生活化できなくなったとのことである。


実際、それを輸出する業者、輸入する業者、販売する業者は、打撃を受けて、このスタイルの商売をたたみ始めている。


グイドが、イタリア人に、日本を紹介する活動TOZAI をスタートしたのは、2001年の5月、つまり、ユーロの通貨使用開始の1年以上前からの構想があり、手続きを始め、7ヶ月前に開始したのである。

2002年、ユーロ開始以後、対米ドル、対円に対しては、かえってユーロ安が続いていた。

ところが、イタリアの物価は一気に二倍に上がってしまった。

あれから、5年。二倍であるイタリアの物価は、ユーロ高で、イタリア→日本の流通が困難になる。

日本→イタリアの流通、イタリアにおいて日本への関心の高まりに注目するビジネスも増えている。


この動きは、イタリアが好き、というだけでは見えてこない。日本とイタリアをつなぐことを生き甲斐を感じ、使命だと思うようでなければ、この発想にはならない。


TOZAIでは、特に日本語教師をやってくれる人を募集してきたが、経験あるなしよりも、ここに書いているような、ライフスタイルの人かどうかを基準にしているので、もともと、そのポストが限られているが、その中から、こういう基準で人選してきた。


グイドもイタリアに魅力を感じて、滞在生活は18年になろうとしている。


このブログのプロフィールでも書いているように・・・

  • 出身地:日本。しかし前世は南米に移民したことがあるナポリ人

  • これは、ちょっとオフザケもあるが、イタリアに行こうと決めた頃、そして最初にイタリアを周遊(安全で、効率がよく、しかも安い日本のツアーは、参加したことさえなく、バックパッカー)していた頃に感じたことなのだ。


    滞在年数がどんどん長くなるにつれて、何か説明できないような感覚が強くやってきて、イタリアに来た理由が、イタリアに来てから説明出来そうになってきた。


    それは、ナポリ人に生まれ変わる前は、イタリアに住んでいたローマ人だった。

    ということだ。


    前世はローマ人だった人たちは相当に多いだろう。なぜならローマ帝国とは、ローマ市民になる資格は、兵役の任期満了するか、医者や教師としてイタリアにやってくるか、などの血統によるものではなかったから、相当にローマ人と言う人が、史上にいたはずである。


    それでいてグイドが、ローマを見たときに、ローマ時代の遺跡には、とても感動していたわりには、そこに住もうと言う気持ちがわかなかった。

    グイドの前世がローマ人であり、現代のローマを見たと言うのが真実なら、まず、驚くのは「なぜこんなにキリスト教教会ばかりの都市になってしまったのだろう」と言う印象を受けているはずだ。


    現代のイタリア人に、蛮族などの外来の血と混血し、ローマ人が消滅したというより、崩壊してしまった文明のあとには、再び機能的な同じシステムでの文明は築けず、フランス、イギリスで、帝国を再建したと言える。


    ただし、この2国とも、古代ローマでは、新開地だっただけで、やはり、その文明さえ知らない新大陸、つまりアメリカこそ、ローマ帝国を継承しているともいえる。


    ローマ文明の継承が西へと向かえば、そこに日本がある。

    アメリカ大陸のヨーロッパからの移民が、ローマンスピリッツを持ち込んだとしても、彼らの大部分がローマ人の血を引いているなら、そのキリスト教とは引き離し、スピリッツを純粋に継承できるのが、日本人だと仮定する。

    だからこそ、グイドの前世の魂は、日本人に生まれようと決めたのだ。


    日本の新幹線は、世界的にも有名で、この列車の優れているところは、その車両が出せる最大スピードではない。

    出発駅から到着駅まで、山があればトンネルを掘り、谷や川があれば橋を架け、ほとんどまっすぐな状態で、スピードを落とさないで走れる鉄路を作るインフラにある。


    日本では、科学技術が進んでいた欧米を見習いたいがために「個人主義」「狩猟民族」を崇拝させられてきた。

    イタリアにおいては、個人主義の弊害で、公共サービスは機能しなくなっている。

    ローマ社会は、どちらかというと日本のように、組織力に優れ、ローマ人は、もともと農耕民族だった。


    帝政末期に、キリスト教を帝国の国教として、中世になって、それが人々の生活を支配するようになる。

    中世の真っ只中では、地上で最も進んだ国、中国を目指してマルコポーロが旅をする。


    ルネッサンス以来再び、発展を再開する西欧=キリスト教ということになっているが、実際、ルネッサンス発祥のフィレンツェを、「中世のアテネ」と呼んで、ボッティチェリが、多神教の神々である、ヴィーナスの名作を描いたり、オーストリアやフランスが、新古典様式の建物でも、アポロなどのモチーフを使っているということで、キリスト教はいったいなんだったんだろう、と思わされる。ローマ文明があまりにも、合理的過ぎて、あのまま科学の発展していたら、現代の科学文明はとっくに迎えていただろうし、ところがその反面、環境破壊して、地球は住めなくなっていたかもしれない。

    人類はどこかでバランスを取ろうとする。アクセルばかり踏んできた文明は、ブレーキをかけることに気がついたのだ。


    古代ローマ人からイタリア人が引き継いだところは、「戦いに勝てば、元、敵だった民族を自分たちと同化し、その近くに植民地を建設すれば、ローマ人らは、原住民の女たちを妻として混血して、さらに首都ローマ発の街道のネットワークでつながっていった」


    ここにグイドがイタリアに来てみたかった理由がある。元、敵だった民族を同化するほど、戦いもしないし、しても勝てないイタリアだが、他民族を優秀、劣等で差別せず、その民族からも学ぼうとする、また他民族との混血をよしとする姿勢は、長かった中世を隔てても、それほど変わらず保ってきたように思う。イタリア人が開放的なのは、そういう歴史が、DNAにあるからだろう。


    日本が、必要なのは、イタリアのすべてではなく、ローマンスピリッツの、他民族を同化する姿勢であろう。

    そして現代のイタリアは、日本から学ぶべきことがたくさんある。

    それをローマ時代へと時代を逆行するのではなく、その精神をもって、韓国や中国が参加してゆくだろう将来のグローバル社会に適応させることである。


    イタリアにも、古代ローマに関する本や、遺跡から学ぶことも出来るが、日本では、塩野七生著、「ローマ人の物語」(新潮社)があり、日本語で、しかも日本人に関心ある内容が書いてあるので、グイドも愛読している。