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 イタリアの鉄道を毎日利用していると、ここが先進国か、という疑問が大きくなる。 

通勤電車では、必ず開かないドアがある。二つ続けてドアが開かないときは、大慌てで乗り、降りる時は開く扉に乗客が集中するため、乗り降りに時間がかかる。電車のせいでありながら、甲高い笛を鳴らし催促する車掌。冷暖房がない車両。電気を切って使わせない車両など無駄が多い。30分くらいの遅れはザラ。突然のキャンセルで次の電車を一時間待つこともある。 


トレヴィーゾから帰るときに、グイドが予約されている席に若い女性が座っている。グイドに気がついた彼女は、窓側にはテーブルがあり、その上に本を置いて勉強したいから、差し支えなければ、予約とは逆に座りたいという。

別に問題はないので、そのまま旅をすることにする。そういえばこの電車は、スイス方面に行くため、スイスの電車車両だった。ヴェネツィア‐ミラノは北イタリアを東西に旅するが、ミラノからは北へ行く。

突然車掌が切符の検査に来た。制服はイタリアの鉄道TRENITALIAのものだが、なんと二人もいる。グイドの切符は、問題なかったが隣の女性は、学生割引料金で買った切符で、それを証明するカードの提示が必要だった。彼女は、それを家に忘れて出てきたものの、切符売り場では、「どう見ても学生だ」と、信用して、その切符を発行したそうだが、車掌は「規則どおり、普通料金の追加を支払ってもらいます」と、イタリア人らしくない対応だ。 


彼女は、ぎりぎりのお金しかもっていなくて、反論したがダメでしぶしぶ10ユーロ弱払い、そのあと目にいっぱいの涙をためて泣いていた。たまたま隣にいただけだったが、グイドは10ユーロ渡そうとするが、受け取ろうとはしない。 

イタリア人に囲まれてながらもイタリア鉄道の批判が始まった。日本鉄道は優秀だと褒められたが、この時ばかりは、イタリア鉄道こそグイドが毎日利用するものだし、イタリア人が気の毒になった。複雑な気持ちで外の景色を眺め、もはや新聞を読む気持ちも失せながらも、この車両はスイス車両で、のちにスイスに向かうこと、車掌が二人もいるという特殊な状況からあることがわかった。そしてこのあと車掌は3人になる。 もし乗客の中に、規則に反する切符を持ったまま、スイスに向かう乗客がいたとしたら、スイス国鉄は、イタリア国鉄に対して、厳重な罰則を科す事が出来るのではないだろうか、という仮定である。ありえる。だから、慎重なのだ。しかも、ミラノ以後東側に移動する電車が何でスイス車両なのか不思議だが、同時に車両は清潔で、広々としていて、しかも定刻どおりの到着で快適な旅だった。 ミラノ中央駅に到着すると、隣の車両もスイス車両だ。スイス鉄道がイタリア中を走ったらどんなに快適で便利だろう。イタリアの航空会社アリタリアの業績は悪く、それ以前のテレコムイタリアも同じ。公共の精神が薄く、公共施設のメンテナンスや運営が最悪なイタリアの民営化された会社を外国企業が買収して主導権を握る。イタリアは外国支配されることに慣れて以来、独立を保てなくなったのか。このまま外国人に買い取られたイタリアに住むイタリア人は、家の主ではなく、借家住まいの肩身の狭さを、また味わうのか。 


中央駅で、イタリアの車掌が降り、スイスの女車掌に仕事を引き継いでいるところ写真に撮る。なんだか、イタリアが自分の国の鉄道会社を手放して優秀なスイス人に任せようとしているようなシーンに見えてしまった。