ヨーロッパ写真紀行 さんからトラバ。

ローマ人の物語

 このブログでも、何度も書いている古代ローマから引用しているのは、イタリアと言う国やイタリア人を知る意味でも、とても深い関係になる。現在のイタリアが、「いいかげんで」「自分勝手で」などなどのマイナス部分が有名になっているが、「されどイタリア」と言われるのは、この民族に流れる偉大な血によるものだが、その偉大な血がどうやってつくられたか、を知るには、日本人が自国のものに関心がない「歴史」にひみつがあるようだ。イタリアの歴史の本を書いた偉大な二人のイタリア人ジャーナリストのうちインドロ・モンタネッリの「Storia d`Italia」でも、まずローマ誕生からはじまる。もう一人のジャーナリストエンツォ・ビアジは、「La nuova storia d'Italia a fumetti」とは、漫画により、若い世代にも関心を集めるためのものだが、ローマ時代はあまり説明がなく、ローマ帝国崩壊以後のイタリアを詳しく知ることが出来る。日本でイタリア関係の著作で、この人の右に出る者なしという塩野七生の「ローマ人の物語」が面白い。イタリア在住15年の私でもハマッっているくらい、詳しく、ワクワクするないようである。


 それだけ、ローマ時代のイタリアやヨーロッパやその他の帝国内の政治、経済、文化、芸術、公共事業などなど、現代人の我々を感心させるレベルの高い時代とその文明だったからだ。

 ローマ時代と言っても、ローマ人自身は、エトルリア人から技術を、ギリシア人から哲学や芸術などを学び、ミックスした文化であって、ヨーロッパや世界中の文化を集めて「アメリカ文化」と呼んでいるのと似ている。

  「イタリアのブランドが好き」「イタリア人って楽しい」「イタリアの食べ物は美味しい」などなどの魅力は、偉大な過去がくれた産物なんだ。日本人だけでなく、諸外国の人がイタリアに憧れ、真似が出来ないのは、その偉大な過去の証人である遺産。身近なものではアンティークの品々に人気があるとしたら、我々にはない偉大な過去を埋め合わせるために、その時代の品々を入手したい。この国の歴史に関心があるのかもしれない。


 これらの本を読むだけでは、理解しにくいイタリアの歴史がどのように繰り返されているか。それは「歴史は繰り返す」と言うことを理解する鍵として興味深い例を挙げてみた。


 ラオコーン 最後の審判


 遙かイタリアの歴史に実感が湧きにくいかもしれないが、違う時代の人々がギリシア・ローマの芸術をヒントにして傑作を残しているのが、この写真からも窺える。


  左はロードスの彫刻家アゲサンドロス・ポリュドロス・アテノドロスによる前1世紀の作。ラオコーントロイア人がその計略にかかることを心配して,木馬を城内に引き入れることに反対した。彼が海辺でアポロンに犠牲を捧げていたときに,2匹の大蛇が泳いできて,彼と二人の息子を締め殺した後、アテナ神殿中の女神の像の下にとぐろを巻いた。この蛇は、彼が木馬の引き入れに反対したために,ギリシア側に味方するアテナが送った蛇に巻かれて苦しんでいる有名な像で、ヴァチカン博物館に所蔵されている。

 右は、同じバチカンでも、システィーナ礼拝堂の壁画で、16世紀ルネッサンスの傑作、あの巨匠ミケランジェのフレスコ画「最後の審判」のキリストだが、ラオコーンの右手がほとんど同じ。左手に変化をつけているが、足は左右を反対にしたものと思われる。


 ルネッサンスの発祥フィレンツェは、当時「中世のアテネ」と呼ばれていたそうだ。ルネッサンスと言う言葉は、そもそもフランス語で、イタリア語ならRinascimento(ri+nascere+mento=再び生まれる。復興)だから、どこに復興するかと言うとギリシア・ローマの文化を指すわけだ。



コスタンティヌス凱旋門 平和の門


 建物でもよく似たものを見かけることがあるだろう。


 上の写真の左は、4世紀に作られたコスタンティヌス帝の凱旋門で、あのコロッセオの隣に建っている。よく覚えていないと写真だけでは間違えてしまうのが右、19世紀にナポレオンが凱旋門にしようとしたのだが、ミラノのセンピオーネ公園にある。ナポレオンは、ユリウス・カエサルの再来とも呼ばれローマ皇帝にでもなったようにイタリアを征服し、ヨーロッパの主になった。彼は、たくさんの国々に分かれていたイタリアを一つの国に統一し、そのイタリア王国の首都をミラノにすることに決めた。ミラノとパリを繋ぐ、センピオーネ街道の門を兼ねた凱旋門をイタリア人建築家ルイージ・カニョーラにつくらせるが、ローマで出会った凱旋門を運ぶことも考えたが、ほぼ忠実に真似をして、つくれれたので似ているどころではない。この建築様式を「新古典様式(Neo-Classicismo)」という。古典とは?当然「ギリシア・ローマ」を指す。ナポレオンの前にミラノにスカラ座を作らせたのは、オーストリアのマリア・テレジアだが建築家ジュゼッペ・ピエルマリーニは、やはり「新古典様式」で、スカラ座正面ファサード上のぺディメントには古代に信仰されていた神々の一人太陽神アポロンの浮き彫りまで施している。


 これでイタリアと言う国の奥深さを少し見てもらったと思う。そして、たった今世界で起こっているアメリカや日本、中国、イスラム圏などの国際情勢の行方も歴史は、もう知っているのだ。