いろんな国を旅して思うことは、日本って、外食費が超安い国だな、ということです。
おそらく私が訪れた中で最も物価の安い国はカンボジアですが、小奇麗なレストランで美味しいものを食べたい、とおもったら、まさか500円では食べれません。
でも、日本なら、できますよね。
マクドナルドでも牛丼屋さんでも、ラーメンでさえ、屋台でも小汚い台所のような場所で食べるのでもなく、きれいな屋内できちんとサービスしてもらいながら食事することができるって、天国のような国だと思います。
そこには日本外食産業の皆様の一方ならぬ努力があるのと同時に、
日本における飲食業界の構造的困難がにじみ出ているなあ、と思わずにはいられません。
人件費や家賃などなどコストの水準からすると、日本の外食費ってすごく安いと思うんです。
その他のものに関してはそれなりに物価の高い国、日本ですが、外食費は本当に安い。
レストランの7割が5年でつぶれる、という話も納得してしまいます。
500円とは言わないまでも、居酒屋さんやファミレスなどなど、2000円あれば美味しいお夕飯がお酒付きで食べられる外食チェーン店がひしめく中、レストランを経営するということの難しさは推して知るべし。
私が日本代表理事を任せていただいているブオンリコルド協会には、イタリアの伝統料理、郷土料理をできるだけイタリアのままの形で日本に根付かせよう、という志を持ったシェフたちのレストランが名を連ねていますが、
http://buonricordo.jp/ristoranti/
料理人として修業を積んだシェフが独立して開くレストランというのは、多かれ少なかれ、シェフにとっての夢の実現の場所であり、当然、こだわりや創意工夫が満載で、当たり前ですが価格競争になれば厳しい勝負になります。
十分美味しいものが、清潔で(マニュアル通りとはいえ)ある意味洗練されたサーヴィスとともに提供され、劇的に値段の安いお店が山のように存在する日本で、こだわりの個店レストランがどうやってお客さんをつかむか、といえばそれはもう、そのこだわりや創意工夫、シェフの力量に対してお金を払ってくれるお客様を引き付けるしかないですよね~。
そして、このご時世、そういうのって難しい。
多くの人が、安いほうを選ぶのは目に見えているわけですから。
でも・・・・
私も、もちろん、コストパフォーマンスって大切だと思います。
限られたお金を使うのだから、最大限有効に使いたい。
それは絶対そうなんですが。
でもやっぱり、日本人ではもうすこし、「外食」というものに対してお客さん側が洗練される必要があるかな、と思わずにはいられません。
外食の楽しみって、「安い」「美味しい」「便利」だけではない、ということが、全員に伝わらなくてもいいけれど、もう少し多くの人に伝わるといいなあ。
「食べる」というのは本能の一つで、生命維持活動でもありますが、「外食する」というのは文化でもありますよね。
お洋服を着るということに、ある程度「お洒落」とか「センス」とかいうものがものをいうように、(そしてそのお洒落やセンスはある程度の知識や修練や覚悟を必要とするものであるように、)外食をするという行為についても、知識やセンスが必要(な時がある)ことがもっと広まったらいいなあ、と思うのです。
それはマナーという言い方もできるし、そのレストランにふさわしい恰好をすること、レストランという華やかな場所を彩るゲストの一人として立ち居ふるまうこと、シェフが心を込めて用意してくれた食事を余すところなく味わえるだけの味覚を磨くこと、とか。
あ、そういうのバカみたいだし好きじゃない、という人は、もちろんいると思いますし、それでいいと思います。
人間、すべてのことに興味を持つことなんてできないし、すべてのことにお金と時間と労力を注ぐことはできない。
でもお洒落ってかなり裾野が広いし、ある程度、みんなが目指しているものでもあるじゃないですか?
いや私、ほとんどの場合カウンターに座ってラーメンすすってるんですよ、すっぴんに眼鏡かけて。
でも今言うところの「外食する」というのはそういうことじゃなくて、
ちゃんとシェフなりソムリエなりメートルなりと親しく会話をして、「誰かわからない人が作った料理を向こうも誰か知らないお客さんに出す」んじゃなく、
「この人が作った料理を、この人にサービスしてもらって、私が食べる」ということを前提とした「外食というコミュニケーション」みたいなことです。
あるいは「外食という舞台に参加すること」といってもいいかなー。
イタリアの「外食」って、そういう感じだし、それこそほとんどのイタリア人にとって外食はコミュニケーションであり、舞台です。
これって、イタリア文化のとても素敵な一面で、日本がイタリアから学んだらちょっと楽しくなることのうちの一つだと思う。
もちろんもうやっている方はたくさーんいらっしゃいますし、多くのレストランはそういう方々に支えられて成り立っているわけですが、別に富裕層とかそういう話じゃなくて。
旅行よりも低コストで、映画よりもインタラクティブな、ちょっとした「日常の華やぎ」が、日本人のメジャーな楽しみの一つに加わったらいいな、と思うのです。

※写真はこの間食べた、チーズとトリュフのオーブン焼き!
おそらく私が訪れた中で最も物価の安い国はカンボジアですが、小奇麗なレストランで美味しいものを食べたい、とおもったら、まさか500円では食べれません。
でも、日本なら、できますよね。
マクドナルドでも牛丼屋さんでも、ラーメンでさえ、屋台でも小汚い台所のような場所で食べるのでもなく、きれいな屋内できちんとサービスしてもらいながら食事することができるって、天国のような国だと思います。
そこには日本外食産業の皆様の一方ならぬ努力があるのと同時に、
日本における飲食業界の構造的困難がにじみ出ているなあ、と思わずにはいられません。
人件費や家賃などなどコストの水準からすると、日本の外食費ってすごく安いと思うんです。
その他のものに関してはそれなりに物価の高い国、日本ですが、外食費は本当に安い。
レストランの7割が5年でつぶれる、という話も納得してしまいます。
500円とは言わないまでも、居酒屋さんやファミレスなどなど、2000円あれば美味しいお夕飯がお酒付きで食べられる外食チェーン店がひしめく中、レストランを経営するということの難しさは推して知るべし。
私が日本代表理事を任せていただいているブオンリコルド協会には、イタリアの伝統料理、郷土料理をできるだけイタリアのままの形で日本に根付かせよう、という志を持ったシェフたちのレストランが名を連ねていますが、
http://buonricordo.jp/ristoranti/
料理人として修業を積んだシェフが独立して開くレストランというのは、多かれ少なかれ、シェフにとっての夢の実現の場所であり、当然、こだわりや創意工夫が満載で、当たり前ですが価格競争になれば厳しい勝負になります。
十分美味しいものが、清潔で(マニュアル通りとはいえ)ある意味洗練されたサーヴィスとともに提供され、劇的に値段の安いお店が山のように存在する日本で、こだわりの個店レストランがどうやってお客さんをつかむか、といえばそれはもう、そのこだわりや創意工夫、シェフの力量に対してお金を払ってくれるお客様を引き付けるしかないですよね~。
そして、このご時世、そういうのって難しい。
多くの人が、安いほうを選ぶのは目に見えているわけですから。
でも・・・・
私も、もちろん、コストパフォーマンスって大切だと思います。
限られたお金を使うのだから、最大限有効に使いたい。
それは絶対そうなんですが。
でもやっぱり、日本人ではもうすこし、「外食」というものに対してお客さん側が洗練される必要があるかな、と思わずにはいられません。
外食の楽しみって、「安い」「美味しい」「便利」だけではない、ということが、全員に伝わらなくてもいいけれど、もう少し多くの人に伝わるといいなあ。
「食べる」というのは本能の一つで、生命維持活動でもありますが、「外食する」というのは文化でもありますよね。
お洋服を着るということに、ある程度「お洒落」とか「センス」とかいうものがものをいうように、(そしてそのお洒落やセンスはある程度の知識や修練や覚悟を必要とするものであるように、)外食をするという行為についても、知識やセンスが必要(な時がある)ことがもっと広まったらいいなあ、と思うのです。
それはマナーという言い方もできるし、そのレストランにふさわしい恰好をすること、レストランという華やかな場所を彩るゲストの一人として立ち居ふるまうこと、シェフが心を込めて用意してくれた食事を余すところなく味わえるだけの味覚を磨くこと、とか。
あ、そういうのバカみたいだし好きじゃない、という人は、もちろんいると思いますし、それでいいと思います。
人間、すべてのことに興味を持つことなんてできないし、すべてのことにお金と時間と労力を注ぐことはできない。
でもお洒落ってかなり裾野が広いし、ある程度、みんなが目指しているものでもあるじゃないですか?
いや私、ほとんどの場合カウンターに座ってラーメンすすってるんですよ、すっぴんに眼鏡かけて。
でも今言うところの「外食する」というのはそういうことじゃなくて、
ちゃんとシェフなりソムリエなりメートルなりと親しく会話をして、「誰かわからない人が作った料理を向こうも誰か知らないお客さんに出す」んじゃなく、
「この人が作った料理を、この人にサービスしてもらって、私が食べる」ということを前提とした「外食というコミュニケーション」みたいなことです。
あるいは「外食という舞台に参加すること」といってもいいかなー。
イタリアの「外食」って、そういう感じだし、それこそほとんどのイタリア人にとって外食はコミュニケーションであり、舞台です。
これって、イタリア文化のとても素敵な一面で、日本がイタリアから学んだらちょっと楽しくなることのうちの一つだと思う。
もちろんもうやっている方はたくさーんいらっしゃいますし、多くのレストランはそういう方々に支えられて成り立っているわけですが、別に富裕層とかそういう話じゃなくて。
旅行よりも低コストで、映画よりもインタラクティブな、ちょっとした「日常の華やぎ」が、日本人のメジャーな楽しみの一つに加わったらいいな、と思うのです。

※写真はこの間食べた、チーズとトリュフのオーブン焼き!