◆どこを切ってもアンジェリーナ
そういえば先日、わけあって、マレフィセントを見ました。
言わずと知れた、
アンジェリーナ・ジョリー史上最高の映画
という謎の売り出し方でやってきた、「眠れる森の美女」のスピン・オフ映画。
そういうの一応おさえるのがわたくしの偉いところなんですよね、エッヘン!
アナと雪の女王だって、3回くらい見てるし(ミーハーなだけか・・)
この先、ネタバレがありますのでこれから見たいし結論を知りたくないという方はお読みにならないで!
結論から言うと、思っていたよりもずううううううううううっと子供向けというか、アニメのスピンオフなんだから当たり前かもしれませんが、特に驚くようなことや難しいことは何もなく、物凄くほのぼのと、そして、いやー、アンジー、好き勝手やったなあ・・と、女としての負けを悟る気分になりました。
何しろ主演・製作総指揮(こちらは連名だけど)、アンジェリーナ・ジョリーです。
これだけ自画自賛っていうか、自分大好きって言うか、とにかく「わたしを美しくかっこよく!」という自分礼賛映画をここまでのクオリティで撮れるというのはすごい。
もう、半分以上がアンジェリーナのプロモーション映像状態、すべてはアンジー様を美しく強くかっこよく撮る為のお話であり、その他登場人物、という感じです。
そして、そのクオリティーがまた素晴らしい!
本人の演技力、衣装を含めた容姿、表情、アクション全てが物凄い完成度。
優れた女と書いて女優、いや、まさにその通り!
なので、アンジェリーナファンにとってはたまらないものになっていると思います。
◆モテようがないマレフィセント
でも正直このベクトルって、日本の女の子達の至上命題である「モテ」とは全然逆方向だと思いますが、それはいいんでしょうかね?
思いのほか盛り上がっていないのは、そのへんのせいなんでしょうか。
なんだかんだいって、アナは、モテてたもんねえ・・そこから更に一歩、進んでしまった感じ・・
アンジェリーナ扮するマレフィセントときたら、もうどこからどう見ても絶世の美女、しかも強くて優しい世界最高のおんなっぷりを披露しつつ、恋愛のようなものは一切信じず、自分の子供を持つことなんて考えの埒外、「他人の娘」にものすごい愛情を注ぎまくって、その他人の女の子との人生を理想と考えている模様。
好きな人と出会って恋に落ちて結婚して、その人の子供を授かって・・という、女の幸せとは逆ベクトルを邁進します。
まあそれもこれも、最初のころに、初めて好きになったオトコからひどい仕打ちをされて、恋愛不信、男性不信になったせいだ、といえばそうなのですが、そのオトコに対しては未練とかなんとかというよりももう、ガチで復讐あるのみ。
しかも完全に命のやり取り。物理的に殺す、というやつです。
女っぽくないことはなはだしい。
そしてまあそもそも、マレフィセント属し、女王のように君臨している妖精の国には、恋愛対象となる男が存在しないというのもすごい。
美女っぽい感じの生き物も、ほぼ、マレフィセントしかいない。
一応、女の妖精たちは、人間の女のような形をしているけれど、美女ではないし・・
木の化け物とか、どう見ても指輪物語の悪役オークたちにしか見えないような生き物のなかで、人間としての基準で見て圧倒的に美しく優雅なマレフィセントは、浮いてるとか言うのは野暮だとしても、恋ができるような状況にいないのです。
どんな美女でも相手がいなきゃ、恋はできない。モテようがない。
「モテ」という概念がなければ、女はこんなにも強く自由になれる、ということなのでしょうか。
マレフィセントのファッションも立ち居振る舞いもそれはそれは女王様然として素敵ですが、オトコの視線を気にしてたらこうはいかないよねー、ということですよ。
それは日本だろうがアメリカだろうが一緒だと思う。日本のほうが極端だけど。
でも、烏をイケメンの人間の形に変えて、ペットのように従僕のようにはべられちゃう。
モテなくてもいいんです、男はペットで。っことだよね、これ・・。
女の幸せはモテじゃない、という声高な主張、かっこいいけど、どこに行き着きたいんだろう。
◆ディズニー・プリンセスはモテるのか
しかしはた、と気づきました。
そもそもディズニー・プリンセスというのは、「モテ」るキャラなのでしょうか。
白雪姫、シンデレラ、そして眠れる森の美女本人は、世間から隔絶されてる虐げられたりして生きてきたので、モテる対象が周りにいたとは考えにくい。
たまたまであった唯一の恋愛対象男子がたまたま王子様だった、ということですよね。
一発一中というのは、おそらくいわゆる「モテ」とはちがうということで、とりあえず彼女たちは「もてない」ということで。
そして比較的最近のお姫様たちで、わたくしが見たことのあるアラジンのジャスミン姫と美女と野獣のベルは・・これは・・
二人とも、一言で言えば「変わり者」ですよね。
ジャスミンは、お姫様なのに「プリンスと結婚するなんて絶対イヤ!」と、婚約者候補をかたっぱしから追い出し、しかも夜中の王宮から単身、お金も持たずに家出をするような無鉄砲な女の子だし、気が強くてジャファー(悪者の大臣)からは超嫌われてたなあ。
ベルはベルで、街一番の変わり者。ガストンにはもててるけど、ガストンはあいてが変わってるかどうかさえあんまり気がつかない程度の知能しかないので動物とほぼ同列。他の男がよってくるそぶりは一切なし。
その意味ではアリエルもだなあ・・人魚界の恋愛事情はイマイチわからないけど、確か人魚の男性って、上半身が魚で下半身が人間なんじゃなかったっけ。トリトン王をみるとそんなことはなさそうだけど、もしそうだったらこれはちょっと恋愛どころではない。
・・モテてないね!
だれも、もててないじゃん!!(驚愕)
唯一、そういえばわたくしはちゃんと見たことないのですが、ラプンツェルは、たしか酒場のおじさんとかにモテていたような・・でもそれもいわゆる「モテ」とは違うし。
そしてアナ。比較的モテてるアナ(ハンスもクリストフもオラフもいる)ですが、しかし、うち一人は完全に「結婚詐欺師」だったわけで、これも恋愛対象者から恋というかたちでは、ひとりにしかモテてないということになる。
エルサに至っては・・あんた女王なんだから結婚しなきゃまずいんじゃないの?と、こちらが心配になるくらいです。
ということでまさかの結論ですが、ディズニーというのは昔から、「複数の男性に好意を寄せられる状態」=「モテ」を、徹底して排除していたということですね!!
自分で書いてて驚いた!
◆でもやっぱり「出会っちゃう」お姫さまたち
と、いうわけで、ディズニー・フィロソフィーおよびディズニー・プリンセス・フィロソフィーとしては、「モテ」は完全否定の方向です。
プリンセスになりたいお嬢さんたちは今すぐに「モテ髪」「モテネイル」「モテしぐさ」などを放棄しましょう。
モテていいことなんて、実際、大してないんだし。
という、結論になってしまいそうですが。
それでも一応いままでのヒロインたちは、みんな「その人」と出会って、結婚して、云々、というハッピーエンドを迎えていたんですよね。
なので、世界にひとり相手でもいいから、好かれなければならない、愛されなければならない、というのは共通したテーマでした。
その条件として
・容姿の美しさ
・性格の優しさ
・無邪気さ
・歌声の美しさ
・足はできるだけ小さいほうがいいっぽい
・頭の良さは問わない
というのがあったような気がします。
とりあえず女はきれいで優しくて声がきれいで世間知らずがいい、ってことか。
それは、「モテ」る条件とかなり重なるような気がする。
美しくて優しくて無邪気、なんて、ほとんど「相手のことなんて何一つ理解していない」状態に等しいと思いますが、その状況で結婚してしまうのが昔のお姫様たち。
その後「変人」プリンセス、に関しては、「その人と出会えてよかったね!!」感がハンパない。
ジャスミンもベルも、アラジンや野獣と出会わなかったら、生涯独身だったんじゃないかと思うんだけど・・しかし独身でも楽しそうだな、この人たちは。
でも彼女たちは「その人」に出会い、恋に落ち、結婚するわけですよね。
誰かに見出され、その人と結婚する。
それで不幸だったり/呪いがかけられていたりする女の子達は、晴れて幸せになるわけです。
そうなんだよね、シンデレラ・コンプレックスあるいはプリンセス・コンプレックスの核心は、
「モテなくていい、でもたった一人の誰かが私を見つけてくれる」
なんだった。
◆モテなくていい、というロールモデル
しかししかし21世紀を向かえ、女性のあり方というのも大きく変わりました、ということなのでしょう。
・強い女性はモテない。
という、誰もが知ってる不文律と、
・強い女性がかっこいい。
という、新しい世界の始まりが混在し、「理想の女性像」はかなりの混乱を見せています。
女というのは複雑で、「強い女性」に憧れつつも、「でも女らしくないし、モテないよね」というところで妙な優越感を抱いていたりして、カオスです。
女同士の集まるコミュニティで、「モテる」ということは依然として高い攻撃力を持つスペックであり、どんなに「賢さ」「美しさ」「強さ」「収入」などなどのスペックを磨いても、それと相反する独立スペックである「モテ」を満たさないと、格付け争いに勝てない、というのも往々にしてある話です。
自分を磨けば磨くほどモテからは遠ざかるオンナの悲劇というのは、枚挙に暇がありません。
そこに「他者の目」を意識すれば、どんなに磨いたところで
・対オトコとしては「磨けば磨くほど敬遠される」
・対オンナとしては「磨きもしていないダサくてトロい女に【モテ度】で負ける」
という、オウンゴール的な結末が結構な確率で待っているからです。
そして、誰もが憧れる「強く美しい女」が、例えば結婚して、そこからはあまり自分を出さず、夫を立てて内助の功に励んだりすると、それはそれは美談として褒め称えられる。
要するに、この世にオトコがいて、その視線を意識する以上、対オトコだろうが対オンナだろうが、「強く美しい女(けどモテない)」は、身近なところからの評価は高くないわけです。
まあ、遠くに強く美しい女がいるぶんには、みんな「素敵~」とか言ったりするんだろうけど、近くにいたらそうもいかない、ってことかな。
だからなかなか本気で強く美しい女になりたい、という人は出てこない。
ダレトクよ、ということになるから。
あ、強く、というのは物理的に強いというよりも人間として強い、賢い、という意味ですが。
そしてだから、ここでアンジェリーナ・ジョリー扮するマレフィセントが、ディズニー映画のヒロインを演じたというのは、象徴的なことなのかもしれないなー、と、改めて思います。
マレフィセントは
・外見は美しいけども怖い
・無邪気では全然ない
・優しいかもしれないけど大体怖い
・歌わない
・足は小さいとは思えないし、翼は最大級にデカイ
・頭もいいし魔法も世界最強
という、お姫様の条件を満たさないオンナです。
誰がどう見ても「強く美しい女」。
そして・・彼女が強く美しい女のままでいられる理由は、
周りにオトコがいない。
ついでに言えば、周りにオンナもいない。
(いるのは人外ばかりなり)
と、いうことなんだろうと思うんですよねー。
他人の目を意識しないですむ環境にいるからこそできる、孤高の美しさ。
もしも、妖精の国に美女がたくさんいて、強いのやら手弱女やら色々いたら、当然のごとく、「あの」マレフィセントは存在し得ないわけです。
絶対、魔力はそんなに強くないけどオトコ受けする妖精とかに足を引っ張られて、内紛だわ。
お話の中のマレフィセントは、めちゃくちゃかっこいいし、美しい。あんなふうに生きられたらいいなあ、と、多くの女性は思うことでしょう。
でもそれは、モテばかりか恋やら、人間関係やらさえもない場所で、孤高の花としてしか咲けない運命なのね・・。
巡り巡って、結局、強くて美しい女は大変だ、という結論に戻ってくるお話なのだなあ・・。
つまり、マレフィセントは、アラジンに出会えなかったジャスミン、野獣と恋に落ちなかったベル、という感じもする。
誰かの妻、という安住の地を探すことなく、そして、周囲の女達との格付け争いや嫉妬の影響を受けることなく、自分の人生を(ペット的オトコはいるかもしれないけど)生ききるという女のロールモデル。
もしかしたら、エルサの行く末なのかも。
現実的には、これを体現したのはエリザベス一世ってことになるんでしょうね。
国家と結婚し、ヴァージン・クイーンを守り通した孤高の女王。だからこそ偉大なイギリスの母。
だけど・・本当のオンナの幸せが何か、っていうのは、ほんとうにほんとうに、難しい。
しかしまあ・・アンジー自身も、もちろんマレフィセントに相当の自己投影はしていると思うけれど、あれは、彼女の理想の自分でもあるんだろうなあ。
本当の人生というのは、どんなにアンジーがお金持ちだろうがセレブだろうがこの世のしがらみから逃れて生きていけるわけではないだろうし、実際は彼女も結婚していて、しかもいろいろあるやに聞き及ぶし。
烏くんがやたらとイケメンかつ女子の妄想をくすぐるような性格設定になっているのは、アンジーの妄想を具現化したからなんだろうな、と、余計なことまで考えてしまいました。
ハア、こんなに長くなるなんて思ってなかった。
そしてコルティジャーナでは、眠れる森の美女がテーマのネックレスを発売中!


お姫様の氷菓子、ちょっと夏っぽいですが(笑)、美味しそうな魅力は秋にも是非。
和菓子を組み合わせたかのような色合いと質感が、プリンセス気分を盛り上げてくれます。
お求めは
絶世の美女アクセサリー専門店
コルティジャーナ
にて!
そういえば先日、わけあって、マレフィセントを見ました。
言わずと知れた、
アンジェリーナ・ジョリー史上最高の映画
という謎の売り出し方でやってきた、「眠れる森の美女」のスピン・オフ映画。
そういうの一応おさえるのがわたくしの偉いところなんですよね、エッヘン!
アナと雪の女王だって、3回くらい見てるし(ミーハーなだけか・・)
この先、ネタバレがありますのでこれから見たいし結論を知りたくないという方はお読みにならないで!
結論から言うと、思っていたよりもずううううううううううっと子供向けというか、アニメのスピンオフなんだから当たり前かもしれませんが、特に驚くようなことや難しいことは何もなく、物凄くほのぼのと、そして、いやー、アンジー、好き勝手やったなあ・・と、女としての負けを悟る気分になりました。
何しろ主演・製作総指揮(こちらは連名だけど)、アンジェリーナ・ジョリーです。
これだけ自画自賛っていうか、自分大好きって言うか、とにかく「わたしを美しくかっこよく!」という自分礼賛映画をここまでのクオリティで撮れるというのはすごい。
もう、半分以上がアンジェリーナのプロモーション映像状態、すべてはアンジー様を美しく強くかっこよく撮る為のお話であり、その他登場人物、という感じです。
そして、そのクオリティーがまた素晴らしい!
本人の演技力、衣装を含めた容姿、表情、アクション全てが物凄い完成度。
優れた女と書いて女優、いや、まさにその通り!
なので、アンジェリーナファンにとってはたまらないものになっていると思います。
◆モテようがないマレフィセント
でも正直このベクトルって、日本の女の子達の至上命題である「モテ」とは全然逆方向だと思いますが、それはいいんでしょうかね?
思いのほか盛り上がっていないのは、そのへんのせいなんでしょうか。
なんだかんだいって、アナは、モテてたもんねえ・・そこから更に一歩、進んでしまった感じ・・
アンジェリーナ扮するマレフィセントときたら、もうどこからどう見ても絶世の美女、しかも強くて優しい世界最高のおんなっぷりを披露しつつ、恋愛のようなものは一切信じず、自分の子供を持つことなんて考えの埒外、「他人の娘」にものすごい愛情を注ぎまくって、その他人の女の子との人生を理想と考えている模様。
好きな人と出会って恋に落ちて結婚して、その人の子供を授かって・・という、女の幸せとは逆ベクトルを邁進します。
まあそれもこれも、最初のころに、初めて好きになったオトコからひどい仕打ちをされて、恋愛不信、男性不信になったせいだ、といえばそうなのですが、そのオトコに対しては未練とかなんとかというよりももう、ガチで復讐あるのみ。
しかも完全に命のやり取り。物理的に殺す、というやつです。
女っぽくないことはなはだしい。
そしてまあそもそも、マレフィセント属し、女王のように君臨している妖精の国には、恋愛対象となる男が存在しないというのもすごい。
美女っぽい感じの生き物も、ほぼ、マレフィセントしかいない。
一応、女の妖精たちは、人間の女のような形をしているけれど、美女ではないし・・
木の化け物とか、どう見ても指輪物語の悪役オークたちにしか見えないような生き物のなかで、人間としての基準で見て圧倒的に美しく優雅なマレフィセントは、浮いてるとか言うのは野暮だとしても、恋ができるような状況にいないのです。
どんな美女でも相手がいなきゃ、恋はできない。モテようがない。
「モテ」という概念がなければ、女はこんなにも強く自由になれる、ということなのでしょうか。
マレフィセントのファッションも立ち居振る舞いもそれはそれは女王様然として素敵ですが、オトコの視線を気にしてたらこうはいかないよねー、ということですよ。
それは日本だろうがアメリカだろうが一緒だと思う。日本のほうが極端だけど。
でも、烏をイケメンの人間の形に変えて、ペットのように従僕のようにはべられちゃう。
モテなくてもいいんです、男はペットで。っことだよね、これ・・。
女の幸せはモテじゃない、という声高な主張、かっこいいけど、どこに行き着きたいんだろう。
◆ディズニー・プリンセスはモテるのか
しかしはた、と気づきました。
そもそもディズニー・プリンセスというのは、「モテ」るキャラなのでしょうか。
白雪姫、シンデレラ、そして眠れる森の美女本人は、世間から隔絶されてる虐げられたりして生きてきたので、モテる対象が周りにいたとは考えにくい。
たまたまであった唯一の恋愛対象男子がたまたま王子様だった、ということですよね。
一発一中というのは、おそらくいわゆる「モテ」とはちがうということで、とりあえず彼女たちは「もてない」ということで。
そして比較的最近のお姫様たちで、わたくしが見たことのあるアラジンのジャスミン姫と美女と野獣のベルは・・これは・・
二人とも、一言で言えば「変わり者」ですよね。
ジャスミンは、お姫様なのに「プリンスと結婚するなんて絶対イヤ!」と、婚約者候補をかたっぱしから追い出し、しかも夜中の王宮から単身、お金も持たずに家出をするような無鉄砲な女の子だし、気が強くてジャファー(悪者の大臣)からは超嫌われてたなあ。
ベルはベルで、街一番の変わり者。ガストンにはもててるけど、ガストンはあいてが変わってるかどうかさえあんまり気がつかない程度の知能しかないので動物とほぼ同列。他の男がよってくるそぶりは一切なし。
その意味ではアリエルもだなあ・・人魚界の恋愛事情はイマイチわからないけど、確か人魚の男性って、上半身が魚で下半身が人間なんじゃなかったっけ。トリトン王をみるとそんなことはなさそうだけど、もしそうだったらこれはちょっと恋愛どころではない。
・・モテてないね!
だれも、もててないじゃん!!(驚愕)
唯一、そういえばわたくしはちゃんと見たことないのですが、ラプンツェルは、たしか酒場のおじさんとかにモテていたような・・でもそれもいわゆる「モテ」とは違うし。
そしてアナ。比較的モテてるアナ(ハンスもクリストフもオラフもいる)ですが、しかし、うち一人は完全に「結婚詐欺師」だったわけで、これも恋愛対象者から恋というかたちでは、ひとりにしかモテてないということになる。
エルサに至っては・・あんた女王なんだから結婚しなきゃまずいんじゃないの?と、こちらが心配になるくらいです。
ということでまさかの結論ですが、ディズニーというのは昔から、「複数の男性に好意を寄せられる状態」=「モテ」を、徹底して排除していたということですね!!
自分で書いてて驚いた!
◆でもやっぱり「出会っちゃう」お姫さまたち
と、いうわけで、ディズニー・フィロソフィーおよびディズニー・プリンセス・フィロソフィーとしては、「モテ」は完全否定の方向です。
プリンセスになりたいお嬢さんたちは今すぐに「モテ髪」「モテネイル」「モテしぐさ」などを放棄しましょう。
モテていいことなんて、実際、大してないんだし。
という、結論になってしまいそうですが。
それでも一応いままでのヒロインたちは、みんな「その人」と出会って、結婚して、云々、というハッピーエンドを迎えていたんですよね。
なので、世界にひとり相手でもいいから、好かれなければならない、愛されなければならない、というのは共通したテーマでした。
その条件として
・容姿の美しさ
・性格の優しさ
・無邪気さ
・歌声の美しさ
・足はできるだけ小さいほうがいいっぽい
・頭の良さは問わない
というのがあったような気がします。
とりあえず女はきれいで優しくて声がきれいで世間知らずがいい、ってことか。
それは、「モテ」る条件とかなり重なるような気がする。
美しくて優しくて無邪気、なんて、ほとんど「相手のことなんて何一つ理解していない」状態に等しいと思いますが、その状況で結婚してしまうのが昔のお姫様たち。
その後「変人」プリンセス、に関しては、「その人と出会えてよかったね!!」感がハンパない。
ジャスミンもベルも、アラジンや野獣と出会わなかったら、生涯独身だったんじゃないかと思うんだけど・・しかし独身でも楽しそうだな、この人たちは。
でも彼女たちは「その人」に出会い、恋に落ち、結婚するわけですよね。
誰かに見出され、その人と結婚する。
それで不幸だったり/呪いがかけられていたりする女の子達は、晴れて幸せになるわけです。
そうなんだよね、シンデレラ・コンプレックスあるいはプリンセス・コンプレックスの核心は、
「モテなくていい、でもたった一人の誰かが私を見つけてくれる」
なんだった。
◆モテなくていい、というロールモデル
しかししかし21世紀を向かえ、女性のあり方というのも大きく変わりました、ということなのでしょう。
・強い女性はモテない。
という、誰もが知ってる不文律と、
・強い女性がかっこいい。
という、新しい世界の始まりが混在し、「理想の女性像」はかなりの混乱を見せています。
女というのは複雑で、「強い女性」に憧れつつも、「でも女らしくないし、モテないよね」というところで妙な優越感を抱いていたりして、カオスです。
女同士の集まるコミュニティで、「モテる」ということは依然として高い攻撃力を持つスペックであり、どんなに「賢さ」「美しさ」「強さ」「収入」などなどのスペックを磨いても、それと相反する独立スペックである「モテ」を満たさないと、格付け争いに勝てない、というのも往々にしてある話です。
自分を磨けば磨くほどモテからは遠ざかるオンナの悲劇というのは、枚挙に暇がありません。
そこに「他者の目」を意識すれば、どんなに磨いたところで
・対オトコとしては「磨けば磨くほど敬遠される」
・対オンナとしては「磨きもしていないダサくてトロい女に【モテ度】で負ける」
という、オウンゴール的な結末が結構な確率で待っているからです。
そして、誰もが憧れる「強く美しい女」が、例えば結婚して、そこからはあまり自分を出さず、夫を立てて内助の功に励んだりすると、それはそれは美談として褒め称えられる。
要するに、この世にオトコがいて、その視線を意識する以上、対オトコだろうが対オンナだろうが、「強く美しい女(けどモテない)」は、身近なところからの評価は高くないわけです。
まあ、遠くに強く美しい女がいるぶんには、みんな「素敵~」とか言ったりするんだろうけど、近くにいたらそうもいかない、ってことかな。
だからなかなか本気で強く美しい女になりたい、という人は出てこない。
ダレトクよ、ということになるから。
あ、強く、というのは物理的に強いというよりも人間として強い、賢い、という意味ですが。
そしてだから、ここでアンジェリーナ・ジョリー扮するマレフィセントが、ディズニー映画のヒロインを演じたというのは、象徴的なことなのかもしれないなー、と、改めて思います。
マレフィセントは
・外見は美しいけども怖い
・無邪気では全然ない
・優しいかもしれないけど大体怖い
・歌わない
・足は小さいとは思えないし、翼は最大級にデカイ
・頭もいいし魔法も世界最強
という、お姫様の条件を満たさないオンナです。
誰がどう見ても「強く美しい女」。
そして・・彼女が強く美しい女のままでいられる理由は、
周りにオトコがいない。
ついでに言えば、周りにオンナもいない。
(いるのは人外ばかりなり)
と、いうことなんだろうと思うんですよねー。
他人の目を意識しないですむ環境にいるからこそできる、孤高の美しさ。
もしも、妖精の国に美女がたくさんいて、強いのやら手弱女やら色々いたら、当然のごとく、「あの」マレフィセントは存在し得ないわけです。
絶対、魔力はそんなに強くないけどオトコ受けする妖精とかに足を引っ張られて、内紛だわ。
お話の中のマレフィセントは、めちゃくちゃかっこいいし、美しい。あんなふうに生きられたらいいなあ、と、多くの女性は思うことでしょう。
でもそれは、モテばかりか恋やら、人間関係やらさえもない場所で、孤高の花としてしか咲けない運命なのね・・。
巡り巡って、結局、強くて美しい女は大変だ、という結論に戻ってくるお話なのだなあ・・。
つまり、マレフィセントは、アラジンに出会えなかったジャスミン、野獣と恋に落ちなかったベル、という感じもする。
誰かの妻、という安住の地を探すことなく、そして、周囲の女達との格付け争いや嫉妬の影響を受けることなく、自分の人生を(ペット的オトコはいるかもしれないけど)生ききるという女のロールモデル。
もしかしたら、エルサの行く末なのかも。
現実的には、これを体現したのはエリザベス一世ってことになるんでしょうね。
国家と結婚し、ヴァージン・クイーンを守り通した孤高の女王。だからこそ偉大なイギリスの母。
だけど・・本当のオンナの幸せが何か、っていうのは、ほんとうにほんとうに、難しい。
しかしまあ・・アンジー自身も、もちろんマレフィセントに相当の自己投影はしていると思うけれど、あれは、彼女の理想の自分でもあるんだろうなあ。
本当の人生というのは、どんなにアンジーがお金持ちだろうがセレブだろうがこの世のしがらみから逃れて生きていけるわけではないだろうし、実際は彼女も結婚していて、しかもいろいろあるやに聞き及ぶし。
烏くんがやたらとイケメンかつ女子の妄想をくすぐるような性格設定になっているのは、アンジーの妄想を具現化したからなんだろうな、と、余計なことまで考えてしまいました。
ハア、こんなに長くなるなんて思ってなかった。
そしてコルティジャーナでは、眠れる森の美女がテーマのネックレスを発売中!


お姫様の氷菓子、ちょっと夏っぽいですが(笑)、美味しそうな魅力は秋にも是非。
和菓子を組み合わせたかのような色合いと質感が、プリンセス気分を盛り上げてくれます。
お求めは
絶世の美女アクセサリー専門店
コルティジャーナ
にて!