時々、自分の生きている意味って、「報われる」ためじゃないのかな、という気がするときがあります。

努力が「報われる」。
愛が「報われる」。
親切(というか好意)が「報われる」。

別に、ギブアンドテイクだけで人生を切り取っているわけではないのですが、
生きていくなかで、何故、それをするのか、
どうしてそうなりたいのか、何を目指しているのか、というのを考えていると


(そしてそういうことを考えること自体、清四郎に言わせると「暇だからじゃない?」となるわけですが)


やっぱりそこには、「報われたい」という思いがあるのではないかと思うのです。



報われ方は、お金だったり、社会的評価だったり、人からの褒め言葉だったり、注がれる愛だったり、いろいろな形ではあるけれど、それがいわゆる

脳へのご褒

あるいは

成功体験の蜜の味

になって、わたくしの脳は割りと、その刺激に中毒になっているのではないか、と思うのです。



だから、というか、わかんない、みんなそうなのかもしれないけど、わたくしはわたくしのことを褒めてくれる人が大好きです。
そして、この世には、どういうわけかわたくしなどのことをとにかく無条件で褒めてくれる、素敵なお姉さまたちが存在します。


自慢じゃないですが、わたくしは年上の女性にはものすごく褒めてもらえるという特技があるのです!!


そして昨日、とあるお姉さまから、わたくしの日ごろの生活が「報われる」ような、素晴らしいお褒めの言葉を頂きました。
あんまり嬉しいので、無断で一部引用してしまいますが、どうぞお許しくださいませ。


ベニカちゃんは桜の咲き染める 3月末に生まれたのでしたね。
ベニカちゃんの人生は桜です。
つらい思いを人に垂れ流さず、春爛漫に咲き誇り、貴婦人のように背筋をのばしてあでやかに立っているって
たとえと思い込みですが



どーですか!!
素晴らしい「報われ方」じゃないですか!


もちろん、文章のやり取りにお優しいお気遣いや、いい意味でお世辞や褒めすぎが含まれていることはわたくしも馬鹿じゃないので、わかっています。

けれど、こういう風に人に言ってもらえるようになること、この世にお一人でも、わたくしのことをこんな風にイメージしてくれる方がいらっしゃるというだけで、超報われる!!


まあ、実際のわたくしはそんなに大したものではなく、周りの皆様に迷惑をかけ散らして、甘えまくって暴れまくりつつ、あとでそれにフォローを入れるのに苦心惨憺、というありさまで、まったく貴婦人ぽくないような気がするのですが、


このお姉さまが仰ってくださったように、桜の花のようでありたいと思うし、まだ成長する余地があるなら、そこを目指して生きて生きたいと改めて思った所存でございます


というわけで少しずつ元気になってきたわたくし。
完全復活に向けて頑張りまーす★