わたくし一応、外国語に関しては、人より得意ということになっています。
その理由はいろいろあると思うし、けっこう感性?みたいなものがあるので、
教えるのはすっごく難しいのですが。
(というのは最近、麻雀の話をしていて思ったのですが、わたくしは例えば、「あの時誰が何であがったか」なんて、ほとんど覚えていないのですわ。もちろんわたくしが素人だから、ということもあるとはおもいますが。
でもとある若いお友達は、何十局とやっていたその日の勝負のあがりのかたちと捨て牌などなどを、自分の分はもちろん人の分までちゃんと覚えていたの!
何かの病気かと思ったわ・・
わたくしは記憶力には自信があるのに、そういうのはぜんぜん駄目。
まあ、こんな特殊な例を出すまでもなく、たとえばわたくしは、電話番号が覚えられません。
たった8個の数字を覚えるだけなのに。
数字というだけで、まったく記憶に残らない。
でも、外国語の単語は、一度聞いただけで覚えられるものがたくさんあるし、覚えたら忘れない。
自分でも「わたくしって天才か?」というときがあります。
たった一度、何年も前にフランスで聞いたことがフランス語のある単語を、ずっと意識の片隅にもなかったのに、
それを使わなければならない状況になったとたんに思い出す、とか、ザラです。
だから、それを「才能」と呼んでしまっていいのかどうかわかりませんが、脳の開発されている部分って、
きっと人によってぜんぜん違うんだと思う。
件の、麻雀名人は、もちろんほかのところでもとても記憶力もあり、頭のいいお友達なのですが、外国語は苦手、って言ってたし)
しかし、一応、人にイタリア語を教えることもある立場として、今現在外国語を習得中の人たちにひとつだけ言っておきたいことがあります!
それは・・・・・・・
自動翻訳に頼るのはやめましょう。
ということ。これ、超大事。
以前、「私はイタリア人とのハーフでイタリア語がペラペラなんです」みたいなことをおっしゃって、ネット上でわたくしに近寄ってきた若い女性がいたのですが、彼女のイタリア語はわたくしが見ても何がなんだかわからない、
異様な感じの間違いの連発でした。
そのときは何でそんな風な間違いをするのかがわからなくて、首を傾げるのみだったのですが、
最近わかった。
あれは、文章を自動翻訳にかけたときの間違い方なんだわ。
ネット上には便利な自動翻訳のサイトがたくさんあって、まったく手軽に、文章全体を翻訳することができます。
もちろん無料で、利用者登録も必要なく、一瞬にしてできてしまうんだもん、そりゃ、使いたくなるよね。
でも、現在の自動翻訳は、そんな高精度のものではありません。
単語一つ一つを辞書代わりに調べるならまだしも、文章全体の翻訳に使用できるレベルにはまったく達していない。
特に、日本語というのは特殊な文法を持つ言語です。
ラテン語圏(イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語はもちろん、あえて英語も入れたとして)の言葉は、とても似通っているので、一語を一語で置き換えることがだいたい可能であり、自動翻訳には向いていると思いますが(それでも敬語の使い方や細かいニュアンスなど、コンピュータにはできないことがたくさんある。それが、ひとの脳という、どんな高性能なコンピュータにも真似できない複雑さを理解しうるものを、ひとりが一個ずつ持っているという奇蹟を証明するのですが)、日本語は無理です。
そもそも、主語がはっきりしないこの融通無碍なニュアンス勝負の日本語を、どうやったらコンピュータが解析できるというのでしょうか。
というわけで、自動翻訳で日本語から訳されたイタリア語は、めちゃくちゃです。
そのめちゃくちゃなイタリア語を、ネット上などでそのまま披露するという事は、
それがめちゃくちゃであることさえわからない、ということを公言することになってしまい、とても恥ずかしいことだと思うの。
まあ、恥ずかしいなんてコトは別にたいしたことではないのですが、問題は、
自動翻訳が間違っているという可能性を考えず、
それをそのまま使ってしまえるという無邪気さ、あるいは無神経さでは、
外国語は絶対にうまくならない。
ということです。
よく言われることですが、外国語習得は「辞書を引いて何ぼ」だと思います。
ひとつの単語には、その単語にこめられた「意味」があります。
ただのアルファベットの羅列ではなく、その単語が存在することによって、その概念には「名前」が与えられ、この世に具現化しているのです、ってちょっと何を言っているか自分でもわからなくなってきましたが、言葉とはそういうものです。
自動翻訳は、下訳としては役に立ちます。
例えば外国語で、長い文章を訳さなければならないとき、いちどそれをまるごと自動翻訳機にかけて(するとたいてい信じられないほどめちゃくちゃな日本語が出てきますが)、なんとなく初見ではわからない単語の意味を類推する、というときには悪くない。
し、オンライン辞書はとても有能で、わたくしもいつも使わせていただいています。
だから自動翻訳を否定したいわけではないのです。
が、外国語を勉強する上では、「日本語は自動翻訳ができない言葉だ」というくらいの認識を持っておくことは、必要不可欠だと思うのです。
初心者のうちは背伸びがしたいし、特にイタリア語なんていう、周りの人が使っている可能性が少ない言葉だと、安易にそういうものに頼りたくなってしまうのはよくわかります。
が、もしも自動翻訳をつかうなら、その出てきた言葉を辞書で引いて、ちゃんとした意味になっているのか、を確認しましょう。
そこで間違いを発見して、正しい表現に直していくとか、
それが正しかったなら、それをちゃんと理解して使うとか、
外国語を勉強するって、そういうことです。
本当は、何か言いたい文章があったら、辞書を引きながら、それが正しいと思える文章を作ってみる。
そして、それを日本語に自動翻訳して、ちゃんと自分が意図した意味になっているかどうかを確認する、というのが一番いい使い方だと思いますが。
楽して、外国語はうまくならないよー。
ちゃんとその言葉に敬意を払って、理解して、使いこなそうとしないと無理。
はー、年取ると説教くさくていやね。
でも、せっかくお勉強するなら上手になったほうがいいと思うし、若い世代の方々の「ネットで調べてこぴぺ」文化は、確実にわが国の知的レベルを下げてしまう気がするので、あえて書いてみました。
こぴぺで解決できるほど、人生は浅くもないし、人類の英知は軽くもない、ってことね。
まあ、麻雀も深いし難しいけどね・・