いやあ、わたくしとしたことが、ダルビッシュ君の離婚情報を聞き逃していました!!
昨日、清四郎から聞いて超びっくり!!!
実はわたくし、ダルビッシュ有の大ファンです。
そして実は、二岡さんも巨人に入団したころから大好きです。
そして今回、まさかのハンカチ王子日ハム入りで、
わたくし、生まれたころからの巨人ファンという肩書を捨てて、来年から日ハムファンになります!!
と、宣言したくらいだったのですが。
ダルビッシュ君が結婚したときには地団太を踏んで悔しがったものです・・懐かしいなあ・・
そのダルビッシュ君が離婚! 二人も子供がいるのに、離婚!!!!
まあそれはいいんですが、報道されている情報によると、どうも、ダルビッシュ君の女性関係が問題らしいとかそうじゃないとか・・。
いや、真偽のほどは誰にもわからないし、
離婚というのは夫婦という二人の問題だから、何が本当で何がうそなのか、両者の言い分だって違うだろうし、どっちも本当だろうし、それでどっちが悪いとか何とかは、この際どうでもいいのです。
問題は、わたくしがダルビッシュ君をテレビで見るたび、
「ああなんてかっこいいのかしら・・球界一の投手ってだけでしびれるのに、あのかっこよさ!!
あのかっこよさは完全に、無駄でしょ? 美の無駄遣い! なんて贅沢なのかしら!!
かっこいい必要がない野球選手なのに、あんなにかっこいいなんて!! なんていう壮大な無駄遣い! 何という壮大な贅沢!!! これぞ、神様の恩寵の無駄づかいというもの!!!!」
と興奮していたのですが・・
うーん、こうなってみるとやっぱり、あのかっこよさって、単なる神様の無駄遣い、麗しき蕩尽、というわけではなかったのね・・。
わたくしは基本的に、モデルやら俳優さんやらがかっこいい/美しいのって当たり前なので、そこにはあまり価値を認めないのです。
だってそれが仕事なんだし、才能なんだから、そこ褒めたってしょうがなくない?
たとえばわたくしに、「イタリア語が出来てすごいですねえ」といわれても、それ、仕事なんで。
出来て当たり前だし、出来なかったらまずいでしょ。
と思うのね。
それと同じで、美しいことが仕事である人に「かっこいいですねえ」、は、褒め言葉ではないと思うんだけど、野球選手で、しかも球界でもっともすごい野球選手があれだけかっこいいということは、それが無駄だからこそ意味があり、だからこそ貴重だし、まあ美は無駄なものの上に宿るというわたくしの哲学から言ってもその体現だったわけなのですが。
でもやっぱり、あれだけのかっこよさを、ただ無駄に持っているということはできないのかもしれないわね・・。
もしも、本当に女性関係が問題だったのだとしたら、それはやっぱりあの無駄なかっこよさが原因なんだろうと思うし。
だってあんなにかっこよかったら、落とせない女はいないだろうし。
でもそれが、結果的に、家庭の不幸につながってしまったのかもしれないし。
外見は大事だけれど、もしもそれが、本当に大切な人を大切に出来ない理由になってしまうのだとしたら、やっぱりそれは贅沢な無駄ではなく、仇になってるということなのだろうな、と思ってしまったわー。
最近、大の親友がよくいう言葉。
「外見的美しさなんて、不特定多数の人に褒められたって大した意味はないんだよ。
自分のことを本当に愛してくれる、たった一人の人が褒めてくれることのほうがどんなに大切か」
いや、確かにそうなのよねー。
絶世の美女を目指すわたくしとしては、耳が痛いというか、まあ目指しているだけだから関係ない、ともいいますが。
久しぶりに興奮したニュースだったので、思わず熱く語ってしまいました・・
昨日、清四郎から聞いて超びっくり!!!
実はわたくし、ダルビッシュ有の大ファンです。
そして実は、二岡さんも巨人に入団したころから大好きです。
そして今回、まさかのハンカチ王子日ハム入りで、
わたくし、生まれたころからの巨人ファンという肩書を捨てて、来年から日ハムファンになります!!
と、宣言したくらいだったのですが。
ダルビッシュ君が結婚したときには地団太を踏んで悔しがったものです・・懐かしいなあ・・
そのダルビッシュ君が離婚! 二人も子供がいるのに、離婚!!!!
まあそれはいいんですが、報道されている情報によると、どうも、ダルビッシュ君の女性関係が問題らしいとかそうじゃないとか・・。
いや、真偽のほどは誰にもわからないし、
離婚というのは夫婦という二人の問題だから、何が本当で何がうそなのか、両者の言い分だって違うだろうし、どっちも本当だろうし、それでどっちが悪いとか何とかは、この際どうでもいいのです。
問題は、わたくしがダルビッシュ君をテレビで見るたび、
「ああなんてかっこいいのかしら・・球界一の投手ってだけでしびれるのに、あのかっこよさ!!
あのかっこよさは完全に、無駄でしょ? 美の無駄遣い! なんて贅沢なのかしら!!
かっこいい必要がない野球選手なのに、あんなにかっこいいなんて!! なんていう壮大な無駄遣い! 何という壮大な贅沢!!! これぞ、神様の恩寵の無駄づかいというもの!!!!」
と興奮していたのですが・・
うーん、こうなってみるとやっぱり、あのかっこよさって、単なる神様の無駄遣い、麗しき蕩尽、というわけではなかったのね・・。
わたくしは基本的に、モデルやら俳優さんやらがかっこいい/美しいのって当たり前なので、そこにはあまり価値を認めないのです。
だってそれが仕事なんだし、才能なんだから、そこ褒めたってしょうがなくない?
たとえばわたくしに、「イタリア語が出来てすごいですねえ」といわれても、それ、仕事なんで。
出来て当たり前だし、出来なかったらまずいでしょ。
と思うのね。
それと同じで、美しいことが仕事である人に「かっこいいですねえ」、は、褒め言葉ではないと思うんだけど、野球選手で、しかも球界でもっともすごい野球選手があれだけかっこいいということは、それが無駄だからこそ意味があり、だからこそ貴重だし、まあ美は無駄なものの上に宿るというわたくしの哲学から言ってもその体現だったわけなのですが。
でもやっぱり、あれだけのかっこよさを、ただ無駄に持っているということはできないのかもしれないわね・・。
もしも、本当に女性関係が問題だったのだとしたら、それはやっぱりあの無駄なかっこよさが原因なんだろうと思うし。
だってあんなにかっこよかったら、落とせない女はいないだろうし。
でもそれが、結果的に、家庭の不幸につながってしまったのかもしれないし。
外見は大事だけれど、もしもそれが、本当に大切な人を大切に出来ない理由になってしまうのだとしたら、やっぱりそれは贅沢な無駄ではなく、仇になってるということなのだろうな、と思ってしまったわー。
最近、大の親友がよくいう言葉。
「外見的美しさなんて、不特定多数の人に褒められたって大した意味はないんだよ。
自分のことを本当に愛してくれる、たった一人の人が褒めてくれることのほうがどんなに大切か」
いや、確かにそうなのよねー。
絶世の美女を目指すわたくしとしては、耳が痛いというか、まあ目指しているだけだから関係ない、ともいいますが。
久しぶりに興奮したニュースだったので、思わず熱く語ってしまいました・・