なりたい姿や憧れってさ、テトラポットから見た深くて綺麗な海の様なものかなと。
今の自分とは、かけ離れてる…って思えば思うほどテトラポットの高さは高くなって防波堤になって崖になる。こんにちわ。valです。昨日先輩とご飯した。なんやかんやと話をして…また指摘されたのはそんなに自分を過小評価してるっけな?ってこと。そんなつもり無いのに。それより、そうやって言われることに対してショックを受ける(笑)過小評価とか自信ないとかそんなに深く考えてないんだけどなぁ。だからいい機会かと思ってそれに関して考えてみた。あぁ、私の中で自信と傲慢の区別がハッキリしないんだなーってなった。まぁ一般的にそれらは絶対に違うんだってことは分かる。確実にこうだろうという自信に関して、自分を出していけばそれが傲慢ととられるのがこわい。今までマイナスイメージを持たれることが多かったから。うーん。。伝え方と関係値によるんだろうな。自信があるって何だろう。迷わないことだとも思う。例えば仕事で、慣れてきたことに対しては迷わないし確実。当人に自信満々という自覚はなくても確信的な自信がついてくる。思考言動、行動と結果の繰り返しに自信が後からついてくる。その結果を無自覚に信じて疑わない心かしら。滲み出ている自信って。それで失敗しまくったとしても失敗する自信がついてくるわけだし成功しまくったら成功する自信がつくしそんなもんだと思う。だから、自信のあるなしは考えたってつくものでは無いし解消するものでも無いんじゃないかな。自信は良くも悪くも慣れによって付いてくるのかな?あのつまり、場慣れ。それならばこわくなっても飛び出すちょっとの勇気を持ち続けようと思う。欲しい自信がそこにあるなら。綺麗な海(欲しい現実)に飛び込む。私は常に自分チャレンジな毎日だから、日々が刺激的。精神的に慣れないことだらけ。常に自分の上を見てるし、できない自分を見つめてる。あぁ、なるほどな。それじゃあ過小評価して当然かでもヒトがいうコトは、せっかくエネルギー使って伝えてくれたのだからまず素直に聞きたいって思う。だから、ちょっと過去を振り返ってみようか。できなかったことができること。大好きを仕事にできて、超えられなかった数字を超えて憧れていた場に平気で出入りできてしたいと思うことにチャレンジしてる。履けなかったスキニーも履いて(笑)自炊までしてる。"あの頃"憧れてたものが当たり前になり、その"当たり前"の数が多くなってる。海(欲しい現実)に飛び込んだ数だけ。心身ともに努力をしたから。とまぁそんなかんじかしら。あの日の私より昨日の私より今。常に今と未来。そんでもまぁ、過去を叶えてるって自覚をしよう(笑)自分を見つめなおしたのでした。