言われたくないという気持ちが大きすぎると、少しでも「自分の行為に対して何か言ってくるな?」という雰囲気を感じると、すかさず脳が拒否を感じ、その対象の相手に攻撃的に振る舞う(しかも証拠が残らないほどのアリバイ作りさえ瞬間的に巧妙に考えながら…相手の論理自体が間違っているんじゃないかと思われる程の理由まで瞬間的に作り上げる)

その行為は、相手の言ってくる内容に悪意が無ければ無いほど危険性が増す。相手が言ってくるだけの理由(根拠)があるだけに反撃すればするほど辻褄の合わなさが露呈する。その場合、相手が粘れば粘るほど、言われる側の非論理性が増し、言う側の相手を恐れさせるほどの迫力を持って捨て身の反撃を繰り返す。言われる側は、内容に悪意が無くかつ根拠がはっきりしている内容ほど「腫れ物に触れるな!」とばかりに気を遣わせる状況を周囲を巻き込んでまで誇大に作り上げるのだ。

このような考えの強い人物は、分かりきったこと(特にマニュアルがはっきりした作業。やることが明らかなもの、決まり事を間違いさえしなければ一切文句を言われない作業ややり方・記憶などの暗記等)を完璧にこなす事に執拗に執着心を燃やす。理由はともかく何も言わせたくないのだ。それだけに根拠より正解を何よりも優先してきた為、なにを言っても今までの用意してきた単純な暗記や根拠の不確かな都合の良い常識などを、その場しのぎの反論を考え、頭の中に用意する。言わば「反対の為の反対」戦法で戦闘態勢を整えるのだ。

これでは自分に都合の悪い人物を自分にとって都合の良い記憶だけをチョイスし、揚げ足を取り、不都合な者を排除して、いつか自分だけが王として君臨出来る自分だけのユートピアに住めることを夢見ているにすぎない。

なぜこのようになってしまったのか?

先程「相手に悪意が無ければ無いほど」という前提を言いました。これが問題です。「嫌がらせ」が日常的だと常に戦闘態勢。日常的にせっせとアリバイ作りをしなければ間に合わない。根拠などより正解と思われる事象や常識非常識、モノ知りワードを暗記する。
言わば「嫌がらせ合い」が一般的だと、常に防御をしなければならないため、暗記能力が高い人物だけが君臨する社会になってしまう。さらに根拠をないがしろにしてきた為、嫌がらせ合っていても、お互いの突っ込みの根拠が常に甘い為、なぜか傷のなめ合いが始まり、いつか空気感に左右される。そのうちに誰かまとめる人物(二人だとどちらか一方)が決まり始め、同調圧力が始まる。つまり根拠より押しの強い人物や、ネームバリュー、ドスの利いた強面の人物、声の強さにはめっぽう弱いのだ。
そのため怒鳴る人間も多く、それが心もとない場合は、自分のバックにある背景をチラつかせたり、学歴を充実させるなど、この世界の人物は根拠薄のアリバイ作りに余念が無いのだ。

そこで極めつけは「攻撃は最大の防御なり」つまり、誰よりも先に完璧にルールをこなし、作業を熟練し、常識非常識を完璧に暗記。それを武器に揚げ足を取り、言わば「嫌がらせ」を武器に日々戦うのだ!ついには物足りなくなり誰もしてこないのに相手の行為の正解不正解を指摘し「あおり行為」にまで発展し、ターゲットを決めて目標の人物を故意に怒らせる始末。

いつしかそれが快感になり、楽しみがそこに集中。楽しみに疲れて、たまに息抜きの旅行など余念が無い。

そのうちに根拠薄の会話から不安が先行し、傷を舐め合う根回しに発展。仲良しグループを形成し、「先回りしてデキル 側に立つ」戦法なら暗記からやや解放される。そのうちに誰も知り得ない非公開情報をいち早く知った者だけが得をする社会が形成。情報格差が開き、結果仲良くする行為状態自体が知り得ない者に対して意地悪前提の関係に発展する可能性も捨てきれない。そうなると生け贄作戦、ターゲット狩りになりかねない。
…ここまで来ると「人間嫌い」よりむしろ「人間がいないと成立しない」人間になってますね。

日常的アリバイ作りに、やたらめったら暗記するため、根拠をじっくり精査する時間があるわけもなく、根拠自体まで文体を丸暗記する始末。しかもそれが努力してきたと理解されてしまっているとどうにもこちらとかみ合わない。

こういった人々は表情も読み取られてはなりません。表情やしぐさを、なるべくわかりにくくして、言葉の文面で理解させる。分からなそうなら理解出来ないのかとほくそ笑む。相手の動揺をうかがいたい(どの程度動揺したのか)のだ。