前回の
「演技と準備①セリフ・記憶・覚え方・暗記」で、数々のセリフ暗記の代表的な例を載せました。
このような暗記方法のファクターは、非常に興味深い共通の心の動きを見せています。
それは、その暗記の方法には どこにも観客の目線。つまり「視聴者の理解」が含まれてはいないのです。
●なぜ覚えなくてはならないのか?
●なぜ覚えなくてはならないのか?
●覚えてなにをしたいのか?
●演じた先にある終着点は?
その基本的なファクターの矛先が、記憶の道をそちらに向かわせているとしか考えられません。
その基本的なファクターの矛先が、記憶の道をそちらに向かわせているとしか考えられません。
仮に、もし俳優同士の優劣の争いであれば、既に観客の理解などそっちのけの可能性もあります。
例えば、暗記したセリフを「正確に言う」事を目的とした場合はどうだろうか?
「言い間違いなど全く無い」とにかく誰よりも台本通りの正確さで暗記して勝負している。
つまりそれは「そう言う意味」での優劣はつくし、ある意味非難されにくい。
更にその先。
言い間違いなどは当然無く、更にアナウンサーのごとくハキハキと滑舌もキレイに訓練してしまい、言い方を指導されればその抑揚をキッチリ暗記。動きまで指導された通りを暗記。常に指導された通りに寸分の狂い無く演じ、非難のネタを完全にツブす。このような事がこなせるようならこちらも「そう言う意味」での優劣がつきますね。
また、「言い方」やそれに連動しての動きなどではどうだろうか?
そこで、既に世間的に認められているとされている俳優や声優の演技や声色をそっくりに真似た形をセットにしてセリフを暗記してしまえば、非難しようものなら摸倣元の俳優を非難したようなものなので なかなかケチをつけられない。仕上げは、ただのモノマネと非難されない為に、自分でも日常的に普段の声やしぐさ、究極見た目まで気をつけてマネてしまえば、元々そう言う声やしぐさだから非難される事は無い。しかもその俳優に まるでとって変わったような気にさえなれる。摸倣対象の俳優・声優が大物であればあるほど「そう言う意味」での優劣がつきやすい。
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上記の例はまだホンのさわり程度。このような考えでは、あまり観客の理解などを意識しているような覚え方が可能とは思われません。
何よりも先ず「覚える時点の心構え」で道が別れてしまうために、ここのファクターを読者とコンセンサスをとれなければお話ししても意味はありません。
この先も「セリフの覚え方」について更に詳しく説明していきます。