努力するためには、まず自らが努力対象に対して忠誠を誓わなければ何事も始まりません。
そこで、まず自分はどうなのか?
そうです。ちょっと嫌なんですが、自分のエゴイズムをリセットしなければ始まりませんね。
最初はありがちな考えから自分に質(ただ)してみましょう。
自分と向き合う事で 純粋に努力を惜しまず、お互いに頑張りましょう!
私は何時もこの下記にあげた考えを まず念頭におき、心をリセットする事で あらゆる事に取り組んでいます。
関係がないように見える質問も、実は元をただせばそれが原因と言う事があります。
人それぞれなので、関係があると思われる事例を見つけたら 都度自分に問いただしてみて下さい。私は何時も誘惑にかられたときは下記を自分に質問しています。
逆に下記に身に覚えがなければ 既に貴方は大丈夫です。努力を惜しんでいません。自分に自信を持って頑張って下さい!
それでは始めます。
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1から自分を見つめ直して、最初から構築する事をためらっていませんか?
1から始めたり、なにか新しい事を始めようとした時、当たり前のように自動的に他人の成功例(うまい話し)をさがして歩いてはいませんか?
努力のまえに他人の評価を気にしていませんか?
1から努力出来ないのは 目標が努力対象そのものでは無く、目標自体が「他人からの評価そのもの」だからではありませんか?
幸福の指標が勝ち負けになってはいないか?
勝ち誇られて喜ぶ人はいません。
控え目に対応しても結局は勝ち誇っていると言うことは?
なぜ他人に勝ちたいのか?(喜ばれもしないのに)
人が困るところを見たいと言うことは?
他人が自分に土下座している状況を想定していませんか?
何でもいいから既成事実が欲しいと言うことは?
努力しないうちから能力をすでに勝ち取っている事にしたいと言うことは?
周囲を利害関係で追い詰めて、もしくは脅して、無理やり出来ている(わかっている・能力がある)事にしてはいませんか?
努力しなくても済む理由を探していませんか?
何を聞かれても 反対を言うために反対を言っていませんか?
自分を肯定するために他人を非難していませんか?
根性(回数を重ねること)が努力と思い込み、「難しい事はわからないから、とにかく根性を出せば何度かやっているうちに経験から知らず知らずのうちに理解している」という理屈で回数を重ねる事で満足して 肝心の基本原理や基本原則など「なぜそうなのか」というところから学習すると言う理解から逃げてはいませんか?
他人の成功したと思われる例をだして人を糾弾することをしていませんか?
その成功した他人は今でもそうなのでしょうか?また、これからもそうあり続けるのでしょうか?
その成功例は、本当に努力によって勝ち取ってきたものなのでしょうか?
その成功例の人物は、もともと財力のある者では?金で成功例を勝ち取ったのではないでしょうか?
もし、その成功例が努力で勝ち取ってきたものなのなら、その努力を裏付ける根拠はあるのでしょうか?
根拠を隠ぺいするための ただのハッタリでは?
成功したと言われる人物の発言の節々に他人の知らないであろうワードで誤魔化すことはしていないか?何も無いところから構築したのなら何も無い他人に分かりやすく説明出来るのではないでしょうか?
他人の成功例を出していた場合、それを言っているアナタはどうなのでしょうか?
他人に口出しする根拠はあるのでしょうか?
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このカテゴリーでは、純粋な努力を妨げる重要な問題について解き明かしていきます。