2024年1月14日告示・同1月21日投票の大津市長選のレポートです。


(裏金渦中の萩生田光一さんの地元で行われた八王子市長選挙(1月21日投票)や、近く行われるお隣の京都市長選(2月4日投票)と比べて、)そこまで注目を集めた選挙ではありません。

もっとも、喧嘩別れした国民民主党と教育無償化を実現する会(以下「前原新党」)が協力する一方、国会で統一会派を組んだ日本維新の会と前原新党は分裂する構図になりました。そのため、政局マニアな人は、面白く見ていた選挙なのではないかと思います。


0.背景

滋賀県の県庁所在地である大津市。人口約34万人の中核市で、琵琶湖沿いに南北に長く面積は464.51㎢です。

琵琶湖や三井寺・石山寺といった観光資源があるほか、新快速で京都まで10分、大阪まで40分くらいで行けるという、大都市への通勤も便利な都市です。

他方、人口動態では、近年草津市や守山市に押されている面もあります。また、観光地としても、京都の隣ということもあり存在感が薄くなりがちです。このような中、大津市としての存在をどう示していくか、市長の腕が試される都市でもあります。


1.さとう健司候補

(さとう候補の選挙ポスター)


(1)候補の紹介

さとう候補は、NHK記者を経たあと、自民党の議員として、大津市議会議員を2期、滋賀県議会議員を3期務めてから、大津市長になりました。

今回、さとう候補は、現職市長として、2期目を目指し出馬しました。


(2)主な政策

・健康に暮らせるまち(認知症施策、市民病院支援等)

・子育て支援(妊婦健診、給食無償化等)

・教育支援(体育館へのエアコン設置等)

・安心して暮らせるまち(感染症対策、公共交通維持等)

・にぎわい振興(スポーツ、観光振興)


(3)選挙戦の展開

さとう候補は、インターネットを用いた空中戦はほぼ展開せず、もっぱら駅立ちや個人演説会といった地上戦に注力していたようです。インターネット上では、全くといっていいほど動向が掴めず、自公の市議がたまに事後報告的に写真を上げる程度でした。
大津市は人口・面積共に相当程度の規模がある中核市なので空中戦も有効なはずですが、これをしなかったということは、自公支持層を固め、あとは駅で通勤通学客に訴えれば、十分に勝算があったものと思われます。


(さとう候補の選挙事務所。側溝で囲まれており入るルートが極めて固定されている。中はほぼ見えない)


2.成田セイリュウ候補

(成田候補の選挙ポスター)


(1)候補の紹介

成田候補は、NGO職員を経て、民主党→地域政党チームしがの議員として滋賀県議会議員を4期務め、2023年の統一地方選には出馬せずに大津市長選に的を絞り、今回出馬した候補です。

2023年6月には出馬表明しており、準備期間を十分とって、今回の市長選に臨むことになりました。


(2)主な政策

・子育て・教育支援(給食無償化、体育館へのエアコン設置等)

・健康・福祉施策(市民病院支援等)

・地域経済活性化(再エネ導入等)

・市役所・図書館、公園の整備

・祭りの支援、ごみ対策等

・クリーンな政治


(3)選挙戦の展開

成田候補は、駅立ちなどの地上戦に加え、インターネットを用いた空中戦も積極的に展開していました。スタッフ🐻さん(おそらく日隈市議)が高頻度で活動予定・報告を上げており、空中戦ではさとう候補を圧倒していました。

地上戦でも、琵琶湖線や湖西線の主要駅を中心に駅立ち等を連日行っており、活動量も相当なものであったことが窺われます(選挙後も駅立ち等の活動は続けておられるようです)。


(公共交通の問題など大津市のまちづくりを訴える成田候補)


3.考察等

(1)結果

今回の結果は以下のとおり。


当 さとう健司   54,970票(53.8%)

落 成田セイリュウ 47,122票(47.2%)

(投票率:36.61%)


これまでの大津市の構図が似た選挙と比べてみると、得票数・率は落としたものの、さとう候補が順当に勝ったという結果でした。


(2)考察

(a)国政政党の政局は影響なし

ご承知の通り、前原誠司さん周りの政局がまたまたぐちゃぐちゃになっています。

成田候補は、国民民主党に応援されているところ、選挙前に斉藤アレックスさん(滋賀1区(比例))と嘉田由紀子さん(滋賀県)が前原新党に移籍したので、政局に巻き込まれて陣営が崩壊してもおかしくはない状態でした。しかし、前原新党結成前から政策を軸として応援していた関係は崩れず、応援演説でも国民民主党の県議と前原新党の国会議員が並んで応援する光景が見られました。

地方政治と国政の構図が違うことはままあることですが、地方のことは地方のこととして、政策本位で協力できるところは協力する、一つのロールモデルになっていたと思います。


(「国共合作」ならぬ「国教合作」の図)

(b)対決より解決…でも対決が大事?
今回の大津市長選は、さとう候補と成田候補の争点・政策の違いがわかりにくい選挙でした。
現に、両候補の選挙公報を同じ政策が書かれている部分が散見され、報道でも争点が不透明であることが指摘されていました。
成田候補の演説では、現職と同じ政策が並ぶのは、現職がそうした政策をやってこなかったからだと主張しており、確かにそういう面はあるかもしれません。
しかし、現職は現職で、討論会などにおいて、1期目の実績はアピールしているわけで、対立点が弱いと、「1期目はあんなことやってくれたから、2期目の現職は今度の公約に取り組むだろう」という人や、「新人に変えたところでそれできるの?」という人が相当数出てしまうのではないでしょうか。

八幡市長選の共産系候補がやっていたことですが、予算も合わせた具体的なプランを示すのは一案と思います。
有権者に「現職は〜円でできる、やってしかるべきことをやっていない。私は〜のようにして実現する。」のような、現職との差別化は重要になるのではないでしょうか。

(c)投票率低下が野党に有利に作用?

結構広く言われている説として、「組織票を多く抱える自民党の候補者は、投票率が低いほど有利になる」という見解があると思います(最近の本では、例えば、羅芝賢=前田健太郎『権力を読み解く政治学』299頁(有斐閣、2023))。

しかし、対決構図が似ている前回の市長選と比べると、必ずしもそうも言えないように思われます。

<大津市長選2020>

当 さとう健司   62,290票(56.7%)

落 こにし元昭   47,606票(43.3%)

(投票率:39.77%)


今回、投票率が前回比3ポイント強下がりましたが、前回のこにし候補と今回の成田候補の得票数はほぼ横ばいであるのに対し、さとう候補の得票数が7000票強減っています。大津市の有権者は約28万人なので、投票率低下分の得票減を、ほとんどさとう候補が被った形になっています。

そのため、投票率が上がれば野党(非自公)が勝てるという単純な構図ではないことが示唆されます。


とはいえ、県議補選なども見てみると、同じ大津市で見ても、投票率と自公・非自公の得票率に相関関係が出るわけでもありません(候補者数など構図が異なるものも入れると、さらに混沌とします)。

この点は選挙の性質(国政選挙or地方選、小選挙区or中選挙区)や、地域ごとの団体の強さにも左右されると思いますが、さらなる実証分析が待たれます。


<参考:滋賀県議補選大津市選挙区2022>

当 桐田まこと   79,818票(54.6%)

落 野田たけひろ  66,043票(45.4%)

(投票率:54.5%)

<参考:衆院選2021・滋賀1区(大津市分)>

当 大岡としたか   81,811票(50.7%)

落 斉藤アレックス  74,966票(46.5%)

落 日高ちほ       4,461票(  2.8%)

(投票率:58.14%)

(成田候補の演説は、緑のスカーフ的なものをしている人が多く、組合から動員された層が固そうではあった)


(d)あまり効かない「クリーンな政治」

自民党の裏金問題が連日騒がれていることから、斎藤アレックスさんがクリーンな政治を強く打ち出した応援演説をするなど、成田候補はクリーンな政治を打ち出していたと思います(成田候補の名前の「セイリュウ」を「清流」とかけてもいました)。

しかし、クリーンな政治という主張が効くのはかなり限られた場面なのではないでしょうか。というのは、有料広告をめぐる公選法違反で現職が辞任した江東区長選や、裏金に関する「安倍派5人衆」の筆頭格である萩生田光一さんの地元で行われた八王子市長選など、政治と金がまた騒がれ始めてからの、クリーンな政治が重要争点になりうる地方選で、相当数野党側が負けているからです。

こうしたことから、自民党色を薄めたり、裏金の当事者ではないという点をアピールすれば、十分対策できてしまうものと思われます。


「クリーンな政治」を強調して効果てきめんなのは、①前職が贈収賄・横領・背任といった誰にも「これは悪い」と伝わりやすい犯罪をやらかしたとき、②前職が政治資金規正法や公職選挙法に関する一見分かりにくい違法行為をした場合は、金額が数千万円単位になるなど巨額のとき、のいずれかくらいなのかもしれません。

さとう候補には、過去に政治資金に関する疑惑はあったそうですが(下記滋賀報知新聞の連載参照)、直近のことではなく、金額も国政で騒がれているものに比べれば小さいため、あまりこの点は有権者に響かなかったのかもしれません。

http://www.shigahochi.co.jp/info.php?type=article&id=A0031154


(e)大阪以外の維新は大丈夫?

今回の大津市長選、中核市ではありますが、NHKの出口調査が行われており、支持政党ごとの投票先の分布が示されていました。

少し気になったのは、維新支持層の分布です。

ほぼ空中戦を展開しておらず、維新が前面に出ていたわけではありませんが、維新の市議はさとう候補を応援していたようです。しかし、上記の調査によると、維新支持層は真っ二つに割れており、地方議員の支援では、維新として票を固めることはできていないことがわかります。

公明党のように功徳を積むべく結束するのは難しいにしても、中央が出張ってこない状況でも支持者の6割は固められないと、地方組織の基盤の強さという観点から、全国的に自民党に対抗するのは難しいのではないでしょうか。


(3)雑感

同じ構図の選挙(前回の市長選、県議補選の大津市選挙区)の数字を見る限りでは、さとう候補が勝つだろうと予測でき、首長の現職2期目は選挙で強いという定石もあるところ、なんの番狂わせもない結果になったといえます。


今回の選挙で、両候補の争点がよく分からないというのは、地域の課題が、誰でも指摘するような課題で明確化している、ということでもあると思われます。

さとう候補の2期目では、こうした課題がどれだけ解決されるかが問われ、次回選挙で評価されることになろうかと思われます。

(輸送密度などを見る限り廃線はなさそうだが、「京阪のお荷物」として課題の多い滋賀県の京阪)