『え?』


わけが解らなかった…


病院についた僕に聞かされた言葉は


流産だった…


僕は何も聞かされていなかった…


彼女の母親は知っていたらしい。


彼女が母親に言った言葉は
『きっとね、昔の事があるから彼は結婚の話が出来ないんだよ…
もし反対されたら、また私が手首を切るんじゃないかと思ってて(笑)
彼は凄く繊細な人だし、彼は優しい人だから…』

『お父さんも赤ちゃんがもっと大きくなって堕胎出来なくなれば認めるしかなくなるし、
それまで内緒にしてて』

彼女はとても嬉しそうに話してくれたらしい…


その時すでに、
僕の思考は止まっていた。


何も見えなくて

何も聞こえない

何も感じなくて

何も考えられなかった。


どうやって部屋に帰ったのか覚えていなかった。

何も食べる気になれず

何も出来ないまま何日か過ぎていた…


仕事は無断欠勤していた


今思えば、よくクビにならなかったのかと不思議でしょうがない。




何も見えない暗闇で僕を呼ぶ声がしたんだ。


僕の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ。


目覚めた僕は知らない場所にいて


『何処だ此処…?』

僕は無意識に問いかけた。

その相手は彼女で、居ても居なくても、
彼女が傍に居るのが当たり前になっていた。



彼女は泣きながら僕の名前を呼んでいた。


いつだってそうだ。


自分の方が辛いのに、僕の心配ばかりして…


少しは自分の事も考えればいいのに…


『お前優しすぎるよ…』

僕は言った。


『優しいんじゃないよ?
愛しいから優しくなれるんだよ?』


彼女は泣きながら答えた。

弱き僕の心壊して
そして許して
そして愛して
そして抱いて包み込んで
それだけで僕は強く成れる


弱き君の心砕いて
そして許して
そして愛して
そして抱いて包み込んで
それだけで人は強く成れるよ









僕は確実に変わっていた。


笑う様になった。


うつむかなくなった。


彼女が側に居てくれたから。




出会ってから7回目の冬が過ぎて、
それでも僕らはいつも一緒だった。


最近では彼女の両親とも普通に話が出来る様になり、
彼女のお母さんからは
『いつ結婚するの?
早く孫の顔が見たいんだけどなぁ(笑)』

などと言われ、僕らは答えに困っていた。



結婚




考えていなかったわけではなく、
何と云うか、タイミングを逃したと云うか…





一緒に暮らし始めた当初、彼女の両親に凄く反対されていた。


彼女の家はわりと厳しい家庭で、彼女の兄はT大生で、
彼女も有名な進学校卒…

大学を中退しただけでも大問題だった…


勝手に辞め、地元に帰って来ても実家には帰らず、
大学にも行かず、母親も居ない、父親は元ヤクザ、
そんな僕は完全に見下されていた…


それが世の中の評価なのは知っていたし、
子供の時から痛いほど解らされて来た事実だから、僕にはどうする事も出来なかった…


一時、半ば強引に連れ戻された彼女だったが、
彼女が実家でキレて暴れたらしく、
『彼と一緒に居られないくらいなら死ぬ!』
と言い出し、手首まで切ってしまった。


彼女の母親から電話があり、彼女を止めてほしいと言われ、
急いでたどり着いた時、
血まみれで涙を流す彼女を見て、とても綺麗で
美しいと不謹慎にも思ってしまった。


僕は彼女を宥め、
病院に連れて行き、
2人の部屋へ連れ帰った。


そんな事もあり、なかなか彼女の両親と話す機会も作りづらくて、
結婚なんてもっての他の話になってしまっていた…


しかし、やっと両親とも和解して、結婚の話を進めてた矢先、
彼女が倒れて病院へ運ばれたと連絡が入った。
きっと僕は月


彼女と云う太陽が無ければ、自ら光を放つ事は無く


闇に飲み込まれ、その存在すら見えなくなるだろう…









僕らは一緒に暮らす様になり、彼女は学校を辞めた。


僕と一緒に居る為に、
自立する為に働き始めた。


僕らはいつも一緒だった。

何をするのも、何処に行くのも一緒だった。



僕らは繋いだ手を
決して離さなかった。


いつしか魂すら同化して
ひとつになる事をお互いが望んだ。



彼女さえ居れば、他に何も要らないとさえ思えた日々…



『ずっと一緒に居られたらいいな…』


それが彼女の口癖だった。


彼女は明るく真っ直ぐで、いつも僕を照らしてくれた。


僕の目に見える世界には何も無かった…

"死"と云う終焉に向かい、残された時間を消化する日々…


僕は死ぬ事が怖いと思う様になっていた。


このまま時間が止まればいいと思っていた。


不安や迷いや恐怖…

全てを最初から諦めていた僕に芽生えた人間らしい感情。


彼女はそんな僕を見て、
ひとつの約束をくれた。


『世の中には絶対なんて無いのは解ってる。
だけど、敢えて言わせてほしい。
私は、例え何があっても、
例えどんな事があっても、
貴方を見捨てない!
貴方を見放さない!
貴方が私を嫌いになったとしても、
私は絶対嫌いにならない!
絶対!絶対!
離さないし、離れない!』


彼女はただただ真っ直ぐに、僕に言った。


僕も同じ約束を交わした。


その証しにお揃いの指輪を買い、
僕らは絶対指輪を外す事はしなかった。



例え一緒にいなくても、お互いの存在を感じられる様に。



そして僕は、今までの自分を恥じて、
僕も彼女の様な人に成りたいと思った。



そう思えた時、人間が少し好きになった。


そして、彼女が好きな自分を好きだと思えたんだ。