―水、去年よりだいぶ多いよね。
ワカバヤシ「多いですね」
―去年、魚が付いてたところには付いてないかもしれないね。
ワカバヤシ「レンジ変わってますもんね」
7月8日の早朝。
この日、僕は約10ヶ月ぶりとなる桧原湖の湖上に浮かんでいました。
同船しているのは釣り友達のワカバヤシさんことワカタン。
昨年の秋にも僕は釣り友達のかいてんさんとワカタンを引き連れて、この桧原湖を訪れていたのでした。
昨年、訪れた時には水上に突き出していたはずの岬が、今では1mほどの水深に隠れてしまっています。
―去年はああしてああやってワカタンが釣ってたから、今年も最初は同じようにやってみて…、
なんてことを考えていた僕は様変わりした桧原湖を目にして早々に面食らっていたのでした。
―2016年も、桧原湖に行くぞー!
…と宣言していたのは、実は昨年の桧原湖釣行直後のことで、
とにかく僕としては、桧原湖スモールを一匹でも釣り上げるまでは毎年の恒例行事とするつもりでいたのでした。
本来、僕の個人的なリベンジに無理やり付き合わされている立場のかいてんさんとワカバヤシさんのはずだったのですが、
「知り合いに桧原湖で釣れてるワーム教えてもらったよー」とか、
「スピニングを2本にするか3本にするか迷うなー」とか、
僕以上に楽しそうに準備を進めているらしい二人の様子を見ていると、その手の罪悪感は感じずにすんだ僕だったのでした。
勅使河原「ビジ夫さんはタックルどうするの?」
…そして、勅使河原さんです。
前回のフローター釣行の際、今年も桧原に行くんですよと、ふと話をしたことがキッカケで、自分も参加したいと言っていただいたことによる参戦です。
昨年、ご一緒したかいてんさんとワカバヤシさん、
そして今年はこの勅使河原さんを加えて、4人で桧原湖に行きましょう、ということになっていたのでした。
―僕ですか。タックル5本なら、10lb・12lb・14lb・16lb・20lbのタックルですかね。
かいてん「また来年も宜しくお願いします」
―どういう意味だ、
なんてやり取りをしながら、僕自身もリベンジはひとまず置いておいて、一年ぶりの桧原湖遠征に胸を躍らせていたわけだったのでした。
…そして、なにより今回は…、
ワカバヤシ「バンガローも予約しましたよ」
そう、現地に宿泊して1泊2日で桧原湖を釣行するという、なんとも贅沢な計画を立てていたのでした。
7/8の金曜日は有給をとり、その前日、木曜の仕事終わりにそのまま集合して桧原湖に向かい、一日釣行してバンガローに宿泊、翌日も朝から一日釣りをしてそのまま帰宅するという、ひたすら釣りのことだけを考えていればいい、贅沢な2日間です。
前回の経験を活かして、ボートはエレキのみではなくエンジンも付いたアルミボートを借りることになっています。
魚探も2つ借りて、装備は無免許艇としてはフルスペックに近いでしょう。
―これで2日やりきって、もしも釣れなかったとしたら…。
そのときはもう、参りました、ゴメンナサイと謝るしかないでしょう。
桧原湖も名にし負うメジャーフィールドですから、土日祝日は湖面も賑わうであろうことを考えると、平日釣行となる初日の7/8がよりチャンスの多い日ということになるでしょう。
―初日が勝負だな、初日で釣れないと…、
…逆に、非常に厳しい展開になることが予想されます。
それだけに、この昨年とは様変わりした桧原湖に僕は早くもデンジャラスなスメルを嗅ぎとっていたのでした。
昨年と同じボート屋さんから出船し、
昨年、ワカタンが釣った岬を二人で同じように撃ってみますが反応はありません。
桧原湖は縦長の丸みを帯びた形の湖で、千葉の人工ダム湖のようなウネウネクネクネとした地形変化はありません。
全く同じような岸際が延々と続いていく光景をみると、果たしてこれを岸に沿って撃ち続けていくのが正解なんだろうかと、自分のやっていることに自信がもてなくなってきます。
水上の景色は変化が無いように見えても、魚探を確認するとせわしなく水深が変化しているようですから、
地形の変化を狙うというなら、岸に注目するよりも魚探に注目していった方がいいのかもしれない。
…ふと、周囲のバサーがどんな釣りをやっているのか見回してみると、
僕らと同じように岸に沿って狙っている人もいれば、水上からは一見何もなさそうな沖に張り付いている人もいる、と様々です。
…あれ?あの人、何をやってるんだろう。
なんとなく目についたバスボート。
桧原湖はエンジン船の使用が認められている湖ですので、湖上には実に多くのバスボートが浮かんでいます。
持ち込みか、レンタルなのかはわかりませんが、手こぎ船や僕らのようなアルミボートを上回る数のバスボートが、北へいったり南へいったりとせわしなく走り回っています。
そんなバスボートが近くを走り抜けていく都度、バスボートが立てる引き波に揺られて安定感に劣るアルミボートはグラグラと傾き僕らを不安にさせるのですが、
エンジンを使わずにエレキだけで沖をゆっくりと移動しているらしいバスボートが目について、何をやっているのか気になったのでした。
…あ、ひょっとしてドラッギングしてるのかな?
ドラッギングとは、水中に落としたルアーを船の動力で引っ張りながら魚がかかるのを待つというテクニックですが、
あんなに沖で、何を目標にドラッギングしているんだろうか。
まさか、何も根拠が無いままルアーを引っ張っているわけでもないでしょうが…。
…そんなことを考えながら見ていると、唐突にバスボートの船主が持っているロッドが折れ曲がります。
どうやらスピニングロッドでドラッギングしていたようで、ドラグを懸命に調整しているらしい光景が遠目からでもよくわかります。
ワカバヤシ「あ、あのバスボートの人、釣ってますね」
―うん、見てたけど、どうもドラッギングで釣ったみたい。
ワカバヤシ「ドラッギングかー、魚探で何か見えてたんですかね」
―どうなんだろうね、ベイトなのか地形なのか…。
…釣っている人がいると、ついその人の真似をしてみたくなる、
というのが初心者バサーの一つの特徴だと思われますが、
既に初心者から初級者にクラスアップしていた僕の過去の経験から照らしてみると、
そういった場合、真似をしたところでろくな結果にならないということがわかっています。
終わった後の惨憺たる結果に打ちひしがれながら、ああ、こんなことなら人真似なんて慣れないことをやるもんじゃなかったと、
自分でやろうとしていたことを最初から最後まで貫き通していればよかったと、
過去の苦い経験の数々から、そう後悔する結果になることが火を見るよりも明らかです。
そんな未来予想図が一瞬で脳裏に浮かんだ僕は、
そうやって釣っている人がいた、くらいに記憶しておいて、僕らは僕らで自分たちが釣れそうなやり方を考えることにしたのでした。
―こっちの岸って、風が当たってるんだよね。
僕らがボートを借りた場所は桧原湖の南西にあり、僕らは西側の岸に沿いながら北上していたわけなのですが、
その時の風は東から西に向けて吹いていて、岸からある程度距離をとったつもりでも、いつの間にかボートは岸際スレスレまで接近してしまっているのでした。
操船に支障をきたすほどの強風というわけでもありませんが、いつの間にか岸に近づいて行ってしまうよりは、沖に離れて行ってしまうほうがまだ釣りもしやすかろうと、
僕は東側の対岸へ移動することを提案したのでした。
昨年釣れたバス(といっても、釣ったのはかいてんさんであり、ワカタンだったのですが)は全て西側の岸で、
東側はロッドを振ったことすらない、まるで未知の領域だったのですが、
ワカバヤシ「いいですよ、別に」
釣れそうな気配というものが感じられていなかったのか、あっさりと同意したワカタンにエレキを引き上げてもらって、
エンジンを始動した僕はその舵を東側にきったのでした。
…湖を横断して東側に到着してみると、思った通り風裏になっていて水面は緩やかです。
岸際の水深は3m程度。
そこから10mほど沖に離れた地点で水深5mから6m程度。
水深のあるポイントの釣りは経験が少なく苦手なのですが、この程度の水深ならなんとかなりそうな気がします。
しかも、考えてみれば午前中は東側にシェードができるのが当たり前で、
スモールがラージほどシェードを気にするかどうかはわかりませんが、少なくとも釣り人にとっては、午後に向けてこれから気温が上がっていく中、少しでも影の中で釣りをできる方がありがたい。
ワカタンは昨年実績のあるフットボールジグを投げ始めました。
僕はどうしようか…。
7月の上旬。
釣りをするには一番いい時期のはずです。
どうしても表層系の釣りを試してみたい僕は、フローティングミノーを使って探っていくことにしました。
…そのまま東側の岸を北上していきますが、どちらにも反応はありません。
―あ、あそこ、ちょっとだけワンドになってるね。
ワカバヤシ「ほんとですね」
―よさそうだけどね、人入ってないね。やってみていい?
ワカバヤシ「いいですよ」
一気にワンドの中に入っていきます。
ワンドの中は薄暗く、橋脚が一つポツンと立っていて、奥にはゴミだまりもありいい雰囲気です。
ただそれはあくまでも「ラージを釣るなら」という僕の経験則に基づくものですから、スモールが同じように付いていてくれているかは不透明です。
―ちょっと、サーチしてみてよい?
ワカバヤシ「いいですよ」
ダメとは言われないことがわかりきっていた僕は、聞きながら既にタックルを手に取っています。
XHのロッドの先についているのは、ジョインテッドクロー。
これをワンドの奥にブン投げて、そのままタダ巻きしてみます。
ワカバヤシ「ちょ、ビジ夫さん、サーチってジョイクロすか、…あ」
―あ。
表層をヌラヌラと泳いでくるジョイクロのすぐ後ろに、35㎝ほどのバスがチェイスしてきているのがはっきりと目視できます。
ボートに近づくとサッと離れて行ってしまいましたが、やはり、いたのか。
―…いたねぇ。
ワカバヤシ「いましたねぇ」
―今の、もったいなかったかな、他のルアーだったら喰ってきてたとか。
ワカバヤシ「どうでしょうね、どのへんから出てきたんですか?」
―あの奥のゴミのとこだね。
…しまったなぁ、もうちょっと丁寧にやっていけばよかったか。
ここまで全く反応が無かったからいきなり大雑把にやりすぎたかもしれない。
それこそ、ワカタンがゴミのど真ん中をジグで貫いていたなら、一発で釣りあげることができたかもしれません。
ただ、スモール相手にもジョイクロがサーチルアーとして機能することがわかったのは収穫です。
魚がいるのかいないのかわからない場所では、積極的に投げていってよさそうです。
さて、いずれにしても、魚がいることはわかりました。
まさかさっきの一匹だけってことはないでしょうから、何を投げれば釣れるだろうか…。
思いついたのはステルスペッパーです。
アピール力は低いのですが、魚がいることがわかっている場所に投げさえすれば、思わぬ喰わせの力を見ることがあるルアーです。
サイズは90mmと70mmを持ってきていましたが、より喰わせの力が強い70mmを試してみましょう。
ワンドの奥にキャスト。
―あまりゆっくり巻きすぎると、この透明度では見切られてしまうかもしれない。
水面から飛び出さないギリギリのスピードで巻いてみます。
…すると、
…ガッ!
!!
―きた!ワカタン!
ワカバヤシ「マジすか!」
―ステルスペッパー喰った!
…あ、けど、ちっさいな、これ。
水面を横に体を傾けつつ、近づいてくる魚影は20㎝あるかないかというところ。
初スモールは嬉しいけど、もうちょっと大きい魚を掛け…、あ、
…急にテンションの戻った竿先から伸びているラインの先には、いつの間にかステルスペッパーしか付いていません。
―ありゃ、バレちった。
ワカタン「惜しかったですね、初スモール」
―いや、小さかったし。初スモールはもうちょい良い魚を釣りたかったからちょうどよかったかも。
…魚の反応を得て、急に強気になった僕は昨年までの立場も忘れて生意気なことを言います。
気を取り直して、同じようにワンドの岸に沿ってステルスペッパーを投げ続けると…、
…いるいるいる!
どこからかワラワラとバスが沸いて一斉にステルスペッパーにアタックしてきます!
…しかし、
ワカバヤシ「チビばっかりですね」
…うん。
そうか、表層で食い気があるのはチビばっかりってことなんだろうなぁ。
ジョイクロくらい集魚力があるルアーを投げないと、底からデカいのは引っ張ってこれないんだ、たぶん。
…ただ、今まで無反応の時間帯が長かったことを考えると、チビとはいえ反応があるのはそれなりに楽しい。
ほらほら、ワカタンみてよ凄いよ反応が、なんて言いながらステルスペッパーを投げ続けていると、
ビビビッ!!!
―ああ!乗った!
ワカバヤシ「…。」
ビビッ!ビビビッ!
…いや、これバレてくれちゃって構わないんだけど…。
ワカバヤシ「…。」
ビビビッ!ビビビビッ!
―うわ、これしっかり喰っちゃってるわ…。
やむなく抜きあげます。
ワカバヤシ「…。」
―わかってる。みなまで言うな。
ワカバヤシ「ルアーと同じくらいじゃないですか」
―わかってる。わかってるって。
ワカバヤシ「いいんすか、ビジ夫さんはそれで」
―…僕だってこんなことならさっきのバレたやつで初スモールだとか言いたかったわ!
…そんなことを続けてればそういうことになるのは分かりきってるだろう、
と言いたげなワカタンの厳しい視線に軽く逆ギレします。
あらためてステルスペッパーの先にぶら下がっているスモールを見やりますが、
やはり、大きさは10cmも無いくらいでしょう。
…ああ、別にキミが悪いわけではないんだけどね、
でも、もうちょっと空気を読んでもらってもよかったかなぁ。
お父さんとかお母さんとか、近くにいなかった?いない?
ちょっと呼んできてもらえるとありがたかったんだけど…。
…リリースすると、ピチャっと音を立てて家に戻っていくチビスモール。
―これが初スモールかぁ。
…ハァ、と溜息が漏れます。
…まぁ、でもここで同じことをやってても良い魚は釣れてこないだろうというのはワカタンに同感です。
ワンドを出て、そこから北へ向かってやっていくことにします。
ワンドから少し北、コンクリの入った護岸。
桧原湖では珍しいポイントです。
落差があって、房総ダムの岩盤を思い出します。
試しに付けっぱなしのステルスペッパーを投げてみると、先ほどのワンドと同じようにコバスが浮いてくるところをみると、
ここも魚が付いている可能性が高いんじゃないだろうか。
―ヘビダンを試してみようかな。
そう思いついて、MHのロッドをガサゴソしていると、
ワカバヤシ「あ、あ、喰いましたよ!」
―えっ!?
驚いてワカタンの方を見やると、確かにロッドがしなっています。
ワカバヤシ「(さっきのビジ夫さんのメザシみたいなやつと違って)まともな魚ですよこれ!」
…カッコ書きの中のワカタンの心情を正確に読み取った僕は、それはどういう意味だ、と言いかけますが、
ワカタンのベイトロッドが異常にしなっていることに気がついて、そっちの方を問いかけます。
―え、それデカくない?
ワカバヤシ「そこそこ重いですよ、いい魚です!」
…いや、いい魚っていうかさ…。
すると、浮いてきた魚体が水面にギラリと光を反射させます。
…デカイ!
―いやいやいや、デカイでしょそれ、50あるんじゃないの??
ワカバヤシ「そこまでではないですよ、せいぜい45くらいでしょう。落ち着いてくださいよビジ夫さん」
…45?
いや、どう見てもそれ以上あると思うけど。
もっとも、そんなことを言い合っているよりちゃんとランディングさせるのが先決だと気がついた僕はランディングネットを手に取ります。
―いいよ!ワカタン!
ワカバヤシ「おりゃあああああああ!!!!」
―おおおおおおおおおおお!良い魚!
―フットボール?何gのやつ使ってたの?
ワカバヤシ「ビジ夫さん…」
―え?
ワカバヤシ「これ50あるかもしれません…」
―いや、だからさっきそう言ったじゃんか!
ワカバヤシ「落ち着きましょう。一回落ち着きましょうビジ夫さん」
…自分が落ち着け!と言いながらメジャーをセッティングします。
―いいかい?口先そろえーの、しっぽ開きーの…、
…49!!
うわあああああああ惜しい!!!
ワカバヤシ「ぐああ!」
―いやー、惜しいね。これ測り方次第で50って言う人もいると思うけど。
ワカバヤシ「いやいや、でも49でも大満足ですよ僕」
―そうだよね、これラージだったら55クラスでしょう。
ワカバヤシ「いやー、ほんと来てよかったっす。あざーす」
…ちょっと記念に僕にも持たせて、と言って持たせてもらうと、思ったよりも軽い。
なるほど、サイズに対しての重量はラージよりも軽いんだ。
そういえば、桧原や野尻の大会ではラージを選んで釣るプロもいると聞いたことがあるなぁ。
ワカバヤシ「来年は50になってまた釣れてくれよ!」
ワカタンがリリースすると、来年の50アップは水面でゆらりと身を翻し、水底へ消えていきました。
…ワカタンが49釣ったよと、かいてんさんと勅使河原さんに連絡すると、さっそく二人を載せたボートがやってきました。
勅使河原「どうやって釣れたの?」
―フットボールで岸際を撃ったら釣れた感じです。
そっちはどうでした?
勅使河原「1バラシのみだね」
かいてん「全然反応ないよ」
―コバスで良ければこの辺でステルスペッパー投げれば釣れますよ、
と偉そうにアドバイスして、この近辺でやることに決めたらしい二人を置いて再び移動します。
―思い切って一番北行ってみない?
ワカバヤシ「北っすか」
―うん、僕が初めて桧原湖に来た時に、嫁さんがお義兄さんにオカッパリの一番のポイントとやらを聞いてたんだけど、それが北の方にあるのよ。
ワカバヤシ「へー、別にいいですよ」
―なんか、キャロで広く探ると釣れるらしい。ボートだからアプローチの向きが逆になっちゃうけどね。
言いながらエンジンを始動して、舵を今度は北に切ります。
…実は、去年来た時にもその場所は気になっていたんだけれど、去年はエレキだけだったから諦めたんだよなぁ。
ボート屋さんがあるのは湖の南西。
そのオカッパリポイントは湖の真北。
エレキだけでその距離を移動するのはあまりにも無謀に思えたのでした。
…うーむ、やはり、そうなってくるとエンジンの存在は偉大だなぁ。
千葉のダム湖で釣りをしていると、エレキだけで湖を移動することが当たり前のような感覚になってしまいますが、
本来はこのスタイルのほうが当たり前なんでしょう。
エンジンで大きく移動して、エレキを使って細かく位置取りしながら釣りをする。
…あ、そう言えば印旛沼はエンジンもOKなんだったか。
新川をホームにしていながら、たった今までそのことを忘れていた。
いつか、印旛沼を同じように走り回りながら釣りをしてみるのも楽しいかもしれないなぁ。
…エンジンの振動で操作している左腕が痺れつつ、そんなことを考えていた僕だったのでした。
ワカバヤシ「ここですか?」
―そう。前に来た時はそこらへんにカバーがあったんだけど、無くなっちゃってるな。
…湖の最北に到着した僕たちは、さっそく周囲を確認します。
―なんか、ボート多くない?
ワカバヤシ「多いですね。有名なポイントなんじゃないですか?」
…先程までやっていた東側のポイントと比べると、明らかに人口密度(ボート密度)が高い。
―撃たれちゃってるかな。たぶんその辺にブレイクのラインがあると思うんだけど。
言いながら、少しずつ僕は思い出していました。
…そうだ、3年前に、嫁さんと二人でそこに立っていたんだ。
嫁さんが沖に投げたキャロで釣った一方で、僕はカバーの中から引きずりだしたデカバスをラインブレイクで逃がしてしまったんだった。
まさかその一件からスモールを一匹釣り上げるために、こんなことになるなんてなぁ。
…ちょっぴりノスタルジックに浸る僕。
ワカバヤシ「底にウィードが生えてるんですね、ここ」
―え、ああ、そうなの?
ワカバヤシ「はい、その辺とか」
―ああ、ほんとだね。だからポイントになってるのかな。
我に返って、キャロライナリグを用意します。
キャロライナはリグるのがとにかく面倒で、いったんリグってしまうと容易には他のリグには変えられません。
…うーん、たぶん、投げられる最低限のシンカーは5gだろうなぁ。
でも広く探るっていうなら7gくらい欲しい気がする。
…結局、7gを採用してやってみることにします。
沖から岸に向かってキャスト。
底を取りながら引いてきますが、やたらと引っかかる感覚があるのは、きっとウィードのせいでしょう。
時に力いっぱいウィードを引きちぎりながら引いてきますが、ややストレスが溜まります。
―自分で連れてきておいてなんだけど、これ本当に釣れるんだろうか。
キャロで広く探って…、というお義兄さんのアドバイスの裏には、なんとなく繊細な釣りの一面が見え隠れする。
僕が今やっているように、ウィードに引っ掛けてはブチブチと引きちぎるような釣りは、もしここにお義兄さんがいれば「ちがうちがう!」と言われてしまうのではないだろうか。
ワカタンは…、
どうやらネコリグを試しているらしい。
ああ、たしかにネコリグもいいかもしれない。
ネコリグの方がウィードに絡まる可能性も少ないかな?
ワカバヤシ「あ、喰った!?」
しなるロッド。
―おお、釣った。
やっぱり釣れるポイントではあるんだ。
―ブレイク?
ワカバヤシ「たぶんブレイクだと思います」
…僕もブレイクを意識してやってるつもりなんだけど。
やっぱりブチブチやりながらやってるのが悪いのか…。
―ここもあんまり広いポイントではないし、移動しようか。
ここから西に向けてやりながら南下していけば、ボート屋に戻るくらいには帰着時間かな?
気がつけば時間は正午をまわっています。
帰着時間は4時ですから、既に今日の釣行の半分以上が終わっていることになります。
ボート屋に向かう途中で寄ったセブンイレブンで買ったオニギリを頬張りながら、
再びエンジンを始動させた僕だったのでした。
…反応、ないねぇ。
ワカバヤシ「ないですね」
最北のポイントから西にぐるっと回りながら撃ち続けますが、全く反応が無い時間が過ぎていきます。
時折、サーチ用にジョインテッドクローを投げてみると、そこそこのサイズの魚がチェイスしてくることから、
「魚はいるけど喰わない」という状況のようです。
かと言って、喰わせ用にステルスペッパーを投げてもチェイスするのはチビばかり。
あんまり良い流れではありません。
ワカバヤシ「デカイのもいますけどね」
―いるねぇ。
水深1mのシャローに明らかな40アップが目視できますが、投げるルアーには何の反応も示しません。
―こっちが見つける前に向こうが気づいちゃってるんだろうね。
ワカバヤシ「この透明度ですからね…」
―でも、さっきワカタンが釣ったオカッパリポイントとここは覚えておいてもいいかもね。
明日また来てみる価値はあるかも。
ワカバヤシ「そうですね、明日また来てみますか」
―かいてんさんと勅使河原さんはどこやってるんだろうね…。
ワカバヤシ「一気に南下して戻ります?」
―そうだね、僕もちょっとトイレ行きたいからボート屋まで一気に戻っちゃおうか。
エンジンをかけて先ほど来たルートを逆戻りします。
途中途中、良さそうな場所があれば止まって撃ってみますが、やはり反応はない。
ワカバヤシ「今日、シブイんですかね」
―うーん、そうなのかも。この時期の桧原なんてバッコンバッコン釣れちゃって大変とか聞くんだけどね。
…そう、だからわざわざ皆、仕事の繁忙期の合間をぬって、この日を釣行日と決めたのに。
今日が特別なのか、それとも、根本的に釣り方が間違っているのか…。
ボート屋でいったん上陸してトイレ休憩を済ませると、かいてんさんに連絡をとります。
ワカバヤシ「南の方にいるみたいですね」
―じゃ、一回合流してみようか。向こうの様子も知りたいし。
…時間的に、南に向かったらそれが最後かな?
途中のポイントはすっ飛ばして合流を目指します。
ワカバヤシ「あ、あのボートかな?」
―おお、いたいた。どうですか、調子は?
勅使河原「なんとか釣れたよー、あのコンクリ護岸のとこで」
―ああ、ワカタンが49釣ったところ。
勅使河原「フットボールで釣れたよ」
…釣り方まで一緒か、あそこはやっぱり良いバスが付くポイントなんだろうか。
―かいてんさんは?
かいてん「この周辺で釣れましたけどね、でもシブイですね」
―ええー、せっかく来たのにそういうこと言わないでよ…。
…僕らは移動しますわー、と去っていくかいさんさんと勅使河原さん。
―どうしようか、ワカタン。
ワカバヤシ「せっかくだし、やってみますか」
―そうだね、かいてんさんが釣ったなら悪くはないポイントなんでしょう、きっと。
岸から30mほど沖にボートをキープし、周辺を探ってみます。
ここは遠浅の広いシャローになっているようで、岸から距離があっても3mほどの水深がずっと続いています。
ワカタンはスピニングにキャロをリグりだしました。
―それ、シンカーいくつ?
ワカバヤシ「2.5gかな?」
…2.5g!
そりゃ、僕には投げられないな…。
僕はリグりっぱなしになっていた7gのキャロで試してみます。
この一帯もウィードが生えているようで、投げるたびにリグがウィードを捉えて引っかかります。
我慢しながら投げ続けていくと、
ワカバヤシ「きた!」
―おおー、やるなぁ。
ワカバヤシ「2.5インチのシャッドテールに変えたら一発でしたね」
―シャッドテール?
シャッドテールか、持ってたかな…。
…ゴソゴソとタックルボックスを探ると、あ、あった。
ジャッカルのアイシャッドテール、3.8インチ。
2.5インチとは大きさがだいぶ違うけど、まぁ、シャッドテールはシャッドテールだし、大丈夫でしょう。
ワームを付け替えて、ワカタンが釣った方向と逆方向に投げてみます。
シンカーが沈んでいく感触が、底をとった瞬間、
…ゴゴゴン!
!!
―あ、あ、僕も喰ったかも!!
叫びながらラインスラックを巻き取って、
…せーの!
おもいっきりアワセます!
ゴッ!!
乗っ…
…フッ
え?
バレた!?
ウソでしょ、勘弁してよ…。
午前中のメザシから起死回生となるはずだった一本。
ガックリと肩を落としながらリグを巻き取ると、ワームにはしっかりと喰った形跡があります。
ワカバヤシ「結構、送り込まないと乗らない感じですよ。早かったかも」
…ええー。それなりに待ったつもりだったけどなぁ。
でも、ワカタンが言うとおりシャッドテールワームが正解なのかもしれない。
変えて早々に1バイトあったんだから、帰着時間までやり続ければ…、
ワカバヤシ「あ、またきた!」
ワカバヤシ「またまたきた!」
えええええええええ。
なぜ?なぜワカタンばっかり?
同じシャッドテールでキャロをやっているというのに。
違いといえば、ワカタンのシャッドテールは2.5インチで僕は3.8インチというくらいしかないじゃないか。
…いや、シンカーがワカタンは2.5gで僕は7gというのもあるか。
あ、それとワカタンはスピニングで3ポンドラインだけど、僕はベイトで12ポンドというのも関係あるだろうか。
…。
…結構違う気がしてきた。
いや、もはや別物と言っても過言ではないかもしれない。
ワカタンの釣り方が正解だというなら、ここで僕に挽回の芽はあるのだろうか?
ワカバヤシ「…ぼちぼち帰着ですかね」
―…だねぇ。
ワカバヤシ「なんとなく釣り方もわかったし、明日釣れますよ、きっと」
―うーん、いかんともしがたい釣り方の差がある気がしないでもないんだけど、これは気のせい?
…まぁでも一本釣ってるし、いいじゃないですか(メザシだけど)!
というワカタンに慰められながら、ボート屋さんに向けてエンジンを始動する僕だったのでした。
…桧原湖から銭湯に直行し、僕以外の3人は、ゆったりと湯船に浸かりながら、わいのわいのと今日の反省会をやっています。
勅使河原「まぁでもよかったじゃん。一応全員釣れたしさ」
かいてん「いや、1名は疑問符がつきますけどね。まぁ、いいですけど。本人が釣れたって言いはるなら」
…誰のことを言ってんだ、とは聞くまでもありません。
ワカバヤシ「いや、これで桧原湖クリアってことでいいと思いますよ。ビジ夫さんが良いと言うならですけど」
…ビジ夫さんって言っちゃってるじゃんよ。
―…ええい、今日のはノーカンだよ、ノーカン!!
かいてん「え!いいんですかビジ夫さん!来年も桧原湖でいいんですか!」
―なんで明日釣れない前提なんだよ。明日釣るわ!
ていうかね、よくよく思い出してみたら、あれスモールだったかどうかもわかんないし。
ひょっとしたらラージのチビだったかもしれないし。
かいてん「とか言って、あれでしょ?明日釣れなかったら今日のはスモールだったとか言い出すんでしょ?」
―それは、一考の余地があるかもしれないね。
全員「駄目じゃん」
…ということで、勝負の日と考えていた初日は非常に不本意な結果となってしまいました。
午前中に釣り上げた一本はスモールかラージかもわからない一本ということでノーカウントを宣言した僕は、
文字通り背水の陣として明日の釣行に臨むことになったのでした。
予報では明日の天気は雨。
今日、ワカタンが掴みかけたパターンは、明日には通用しないかもしれない。
でも、パターンが変わるからこそ、今日通用しなかった釣りが通用するようになるかもしれないじゃないか。
バンガローでささやかな酒盛りを交わしながら、そんなことを考えて床についた僕だったのでした。