パパ。この公園ってこんな広かったんだね。でも、イギリス館とかエリスマン邸とかお洒落だったけどさ。どうしてこんな首都高の傍まで歩いてきたの?

 

 

 

パパはこれを見せたかったんだ。
 

 

 

 

なにこれ?ただの鉄クズじゃん。
 

 

 

何ていう罰当りなことを言うんだ。これは昔のパリの中央市場「レ・アール」で使っていた鉄骨なんだぞ。それを1980年に横浜市が譲り受けて復元した「パビリオン・バルタール」という文化遺産なんだよ。
 

 

 

 

へー。そうなんだ。バルタールって何?

 

 

 

1850年代にレ・アールを設計したのが「ヴィクトール・バルタール」っていう人なんだ。
 

 

 

 

1850年代って言ったら、日本が開国圧力を受けていた時期だよね。
 

 

 

そう。日本男児がちょんまげだった頃に、パリには棟と棟の間がガラス屋根のアーケードで連結されたお洒落な市場があったんだ。この市場はパリ市民にとても愛されたそうだよ。その後、1969年にレ・アール地区は再開発することになった。パリ市南部のランジスに市場が移転されたんだ。

 

 

 

 

 

 

なんか築地の豊洲移転に似てるね。
 

 

 

ああ。ところが、このレ・アール地区再開発が歴史に残る大失敗だった。「建築的な破滅行為」と酷評されるほどで、パリ市民にとっても旅行者にとっても全く魅力のないものになってしまった。その時ようやく、パリ市民はいかに大事なものを失ったのかに気付いたんだよ。
 

 

 

ふーん。
 

 

 

そして今、またレ・アール地区を再開発している。10億ユーロかけて「キャノピー」という巨大な波うったガラス屋根を持った空間にしているんだ。ほら、このブログに詳しく書いてある。

 


 

 

なーんだ。それなら良かったじゃん。
 

 

 

でも、失ったモノはあまりに大き過ぎた。フランスの歴史学者は「閉じることのない傷を治そうとする試み」と言っている。
 

 

 

 

パパは、築地がレ・アールの二の舞になるんじゃないかって心配してるんでしょ?
 

 

 

そう。またGinza sixみたいなビルが出来ると思うとぞっとするよ。
 

 

 

 

都会的で格好いいじゃん。
 

 

 

苺。ああいうビルばかりの街に魅力があると思うか?あんな景色なんて世界のどこにだってある。今はむしろ上海の方が最先端だよ。東京も上海のようになってほしいか?今の築地みたいに働く人や生活する人の息遣いが聞こえるような町が混在するからこそ、東京は魅力的なんだよ。レ・アールみたいにぶち壊してしまったら、もう二度と元には戻らないんだ。フランス人のシャネル日本法人コラス社長も豊洲移転に反対している。「銀座のアイデンティティは築地のような場所とシャネルのビルとの緊張関係によって生まれている」ってね。
 

 

 

 

やっぱり築地のことになると熱いね。
 

 

 

そうか?
 

 

 

それにしてもパパ。一つ進歩したね。
 

 

 

何が?
 

 

 

リブログ使えるようになったじゃん。
 

 

 

まあな。
 

 

 

まさかとは思うけど、このブログもパパが書いてるんじゃないでしょうね。
 

 

 

・・・・・

 

 

 

(シャネル社長が豊洲移転に異義)
 

(海の見える丘公園ブログ)
 

(パビリオン・バルタール)

 

(レ・アール・・パリ中央市場)


(レ・アール再々開発)
 

(フォーラム・デ・アール)