久しぶりの更新ー。

っていうか、2006年末からブログ初めて、今でも続いてるのがすごいよなぁ。
学生の時とか懐かし過ぎて…そりゃあ、老けるはずだよねw


1月から看護師に戻ったものの、速攻で2月で辞めて。3月からまたニート生活。

辞めたとこがすごく酷い病院だったから、ちょっと愚痴る!!!

看護師としての転職は初めてだったけど、自分が持ってる倫理的な価値観とギャップが大き過ぎて…辛くなって辞めた。
亡くなった人がいても、病室のドアを開け放したまま、詰め所で声のトーンを落とさずにバカ笑いするとか、薬の飲まし忘れがあっても主治医に報告せずに勝手にその時飲ますとか…
納得できないことばかりで。

オリエンテーションもほとんどなかったから手探りで聞きまくって頑張ったけど…燃え尽きた。
おばちゃん看護師さん達は新しいことを覚える気がなくて、何回も同じことを他部署に確認したり、とにかく無駄なことばかりしてるし…
そんなこんなで業務整理が全然できてないから、日勤が22時になったりするし。
新卒で働いた急性期の病院でさえ、そんな時間になることなかったのに。
業務量的には全然楽なのに、何か帰れないっていう嫌な雰囲気。
大して忙しくもないのに「忙しい、忙しい」っていうのが口癖で、亡くなった人のケアも疎かで雑だったし、ほんとに合わなかった。

けどいま振り返ると、自分の器が小さかったし、我慢が足りなかったかな、とか。
周りがどうであれ、自分の倫理的な考え方は崩さずにもう少し働いてみたら良かったかなーと。
看護師は場所を選ばなきゃ仕事はたくさんあるし、こんな病院にしがみつかなくても良いやっていう奢りもあったのは確か。


けど転職に失敗して、ほんと自分がしたいことがよく分からなくなった。

多分、私が求めているような「ちゃんと看護をしたい」っていうのは大きい病院じゃなきゃ難しいんだと思う。
けど、大きい病院で働いてると、接遇や患者説明…すごく高いものを常に求められるし、それが自分にはプレッシャーになったりもする。
展開が早い看護も自分には向いてないと思うし。
理想は、慢性期の病院で教育体制がしっかりしているところなんだけど…
田舎の慢性期の病院でそんなに環境が良いところなんてないだろうし。

3月半ばに3次救急の大きい病院に面接行ったんだけど、人間性に関する質問は一切されずに、各職場の辞めた時期、理由ばかりツッコまれて、すごくマイナスのことばかり引き出された面接だった。2ヶ月で辞めたこともすごくツッコまれたし、短期で辞めたことが今更ながら大事に思えてきた。
看護師業界じゃ短期退職はよくあることだし、あんまり気にしてなかったけど、田舎ではすごく致命的なのかも。
そこも何だかんだで採用してくれたけど、面接の雰囲気もイマイチだったから結局辞退して。
就活振り出し。


金ないし、4月から働こうと思ってたんだけど、どうやら無理みたい。

いま応募してるリハビリ病院はすごく対応が遅くって、面接は4月に入ってからじゃないとしてくれないらしく、採用になっても5月以降だし。
イロイロ不安。面接の日取りすら決まらない。
別の病院を受けようかとか、毎日悶々としてる。

ニート生活ってほんとに辛い。
社会から取り残されてる感が半端ない。
生理前後だからか、最近また落ち込み気味。
もうすぐ三十路だし、いろいろ焦る。
ほんの1ヶ月前に前向き発言したのに、いままた絶不調。
揺れ幅が少なくなったって、結局、根っ子って一緒だもんなー

1月から看護師に戻ったものの、やっぱりひたすらきつい。

一番ゴタゴタしてる時期に入ったらしく、ほんと放置プレー。
手探りで自分でやるしかないし、周りが気にかけてくれることもないから、自分から積極的に聞いていかなきゃいけないことばっかりで。
中途採用だから新卒と同じことは求めてないけど、あまりに放置され過ぎてほんと辛い。
大きい組織の方が人の育て方からいろんなことがマニュアル化されてるから、受け取る方も情報を整理しやすくて働きやすいなーと実感した。

病院の規模を落としたら、やっぱりそれなりで.…
業務が整理されてないし、患者さんに対してタメ口が標準とか、疑問に感じることが多々あって。

なかなか新しい環境に適応できなくって、苦しい。

しかも今の職場、思いを表出できる人がいない。

直属の上司に自分が働いてた大きい病院との組織の違いに葛藤していること、人に慣れなくて業務がいっぱいいっぱいで苦しいことを話したんだけど…
それを看護のトップに非難されて。
「直属の上司も1日ヘトヘトに疲れてて、あなたの何倍も働いてるのに、あなたは自分がしんどいっていう思いを聞いてもらってどうしたかったの?」「自分の思いだけで周りを振り回すな」って言われて。
完全なる行き詰まり。
確かにそんなこと考えたことなかった。
苦しい時って、苦しい思いをどうにかしたい、逃げたいとしか考えられない。
そんな時に周りに頼るのが「甘え」だと言われてしまうと、どうしようもない。
やっぱり私は社会不適合者なんだなー

自分が新人の時に育ててもらった上司はどんなに遅くなっても話を聞いてくれる人だったから、上司ってそういう部下の思いを汲み取ることも仕事の一部なんだと思ってた。
いまの職場はそうではないらしい。

自分がダメな人間で弱さ、甘さを持ちあわせてる自覚はあるんだけど、なかなか急には変われないから。
もがくばっかり。

ほんといくつになっても同じことしてるし、勝手に独りになってるし。
いよいよ「ねっこ」が腐ってる。
どうしたもんか。



2013年が終わろうとしている今、どうしても書きたいことがある。

それは私の生活の一部だと思っていた「音楽を聴く」ってことについて。


現状の自分を一言で表すと、「韓国アイドルヲタク」かなw

最近は「音楽を聴く」ということから遠のいている。
もちろん今でもvinesやfinchは好きだけど、新しいバンドの音を聴いても新鮮な驚きなんかを全然感じなくなった。
いろんなジャンルのバンドの音楽を散々聞いて、正直、どこか閉塞感を感じるようになった。
心の底から感動できる「音」というものに出会わなくなった。

それは音楽側が悪いんじゃなく、多分わたし自身の問題。

「聴く」ことより、「観る」ことに楽しさを感じるようになった。
k-popの音楽性が好きな訳ではないけど、中毒性のあるダンスにすっかりハマった。
「聴く」ことよりも「観る」ことの方が楽チンなんだと思う。
作り手の意図が分かりづらい「聴く」って行為は結構辛い作業だと思う。
その点ダンスって、作り手の意図や気迫が視覚的にすぐ認知されやすいから、受け取る方も気が楽。

正直、自分がこんなにアイドルというものにハマると思わなかった。
けど、ほんと韓国のアイドルって日本のアイドルともちょっと違うんだよねー。
韓国と日本の「アイドル」に対する考え方の違いが大きいんだろうけど...

韓国って兵役もあるし、アイドル生命が短いって言われてるのもあって、すごくみんなストイック。身体をすごく鍛えてたり、練習時間が凄まじかったり。
華やかな世界に見えるんだけど、ちらっと見え隠れする「影」も感じられたりして、その辺りのギャップに虜になった。

k-popは自分の中では「聴く」というよりは、「観る」という感覚。


私は「音楽を聴く」ことから卒業していってるのかも。
こんな変化、3~4年くらい前の自分には考えられなかった。
こうやって年を重ねてゆくのだな、とちょっと寂しくなったりした。
まぁ、それが「生きていく」ってことなんだろうけど。

最近は「生きていたくない」と思うことはあまり無くなって、揺れ幅が少しはマシになっている気がする。
それでも基本的な根っこはやっぱり一緒なんだけど。

あれやこれと過ぎていく毎日も悪くないなーって、珍しく前向き発言w

2014年もぼちぼちやっていこうか。