人との出会いは本当に不思議です。
わたしはこどものころに両親に連れられて、大阪から尼崎市に移り住みました。淡路島には何の縁もありません。阪神・淡路大震災がわたしを淡路島につれてきたのです。
あの年の4月、仕事の場所が淡路島に移りました。洲本市に住居を定め、土日のない無我夢中の日々を過ごしながら、ようやくまわりがほんのりと見えてきた秋の日曜日、住まいの庭先に彼岸花のかたまりが燃えるような花をつけていました。
こどものころから絵を描くことが好きだったわたしは、あわただしい単身赴任にも絵の道具だけは持ってきていましたが、バッグに仕舞い込んだままでした。急いでそれを取り出して一気に彼岸花を描きあげたのが、淡路島で絵筆を握った最初でした。
それでも絵筆を持って出歩くゆとりを失っていたわたしを、地元の絵画グループの方々が誘ってくださっていなければ、悠然とそびえるユーカリの巨木を絵にする勇気をもつことはできなかったでしょう。
震災の傷跡に立ち尽くしていたわたしには、このユーカリは<いのちの営み>そのものでした。