邪馬台国と女王卑弥呼
(その28)
2021.07.08
次に指摘できる点は、当時、江戸の町は道端にゴミなどはほとんどなかったようで公衆衛生上は極めて清潔な町並みであった、トイレの汚物は農村の肥料用にリサイクルされ、包丁研ぎから鉄くずなどの廃物再利用まで自然環境にやさしい社会のシステムが当たり前のように進んでいたようです。
この時代の欧米社会の状況はというと、ロンドンでもパリでも二階の窓から汚物を道路に投げ捨てていたようで、現在のパリやブリュッセルにある石畳みの街路の地下には、建設工事現場でその地層を見ると何百年もの間に積み重なった汚れた地層がみられると言われています。
人々の生活様式や社会の教育システムの違いは、江戸が世界でも優れた生活水準にあった世界最高レベルの都市であったことを如実に示しています。
日本人としては誇りにしたい事実だと思います。
江戸の庶民には当たり前のごとく根づいているという欧米世界から見れば高度な社会基盤があったからこそ、この事実が、種子島の鉄砲伝来も伝統の刀鍛冶ら職人芸の賜物で、あっという間にコピーを大量に生産してしまい、その性能は欧米の鉄砲を超えていたということや、明治維新も中国の洋務運動は失敗したのに日本では大成功を収めて、欧米列強の植民地にはならなかったという歴史の勝者になったことを証明しています。
今日はここまでです
ではまたお会いしましょう

