邪馬台国と女王卑弥呼

(その24)

 

2021.05.31

萩原行政書士事務所

 

 

 

一方、日本には、「古事記」や「日本書紀」という古書が残っています。

これこそが日本の古代史の姿を示した貴重な文献ではないかと改めて再認識をしており、外国製の「魏志倭人伝」を用いるよりも、日本古来の古書「記・紀」を尊重する日本人であろうという立場をとる今日この頃です。

 

その意味では、「記・紀」に邪馬台国とか女王卑弥呼が出てこない、というのも邪馬台国の存在に疑問符を投げかける理由となっています。

 

確かに古代日本には昔から朝鮮半島を経由してやってきた渡来人(特に帰化人)の先進文化を取り入れた地方豪族が出雲や北九州そのほかの地に出現しており、当時大和政権時代の天皇はこれら渡来人をせん滅するのではなく受け入れていて、中国・朝鮮・ユダヤほかの帰化人も敵対することなく日本に同化し平和裏に統合されてきた経緯もあるので、それなりに軍事的には大きな勢力となっていたでしょうし、地方豪族の争いでは女性の巫女を統合の象徴として妥協を重ねた結果として一つの勢力にまとまることもあったでしょう。

 

 

倭国には100か国もの国があったとのこと、邪馬台国は30か国を統一しており、邪馬台国の南に隣接する敵対国の狗奴国は九州南部の熊襲の国かもしれません。

 

「記・紀」は神の国の世界と、天孫降臨して国内を統治した初代神武天皇から書き記していますが、年代で見ればB.C660年で今から約2700年前となっています。

神の国とか天孫降臨とか、まるで神話の世界のようですがこの中に真実が示されているように思います。

 

 

今日はここまでです。

次回も引き続き「邪馬台国と女王卑弥呼」に係わる読後感想を綴っていきたいと思います。

ではまたお会いしましょう