日本の神話と古事記・日本書紀

   (その7)

 

2021.1.4

萩原行政書士事務所

 

新年おめでとうございます

令和3年を良い年にすべく挑戦のスタートを始めましょう。

本年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

早速、日本の神話のお話の続きを始めます。

今回は(その7)からで、(その6)までは主に古事記について触れてきました。

古事記は神話伝説と思われがちですが、その内容は物語調なので、

どこかで聞いたことのあるわかりやすく理解しやすいところもあり始めに紹介しました。

 

今日は、日本書紀からのお話で1編を記事にします。

日本の天皇家とユダヤ系渡来人の関係についてのお話です。

 

およそ1,700年前の古代日本。古墳時代です。

第15代応神(おうじん)天皇の時期、 西暦にして270年から310年の頃です。

 

中央アジアに弓月国(ゆみつきこく)という小国がありました。

この国はシルクロードにあり、ユダヤ系の民族が多く入り込んでいました。

 

日本書紀には、「弓月国から約1万8千人が日本に渡来してきた」と記されていて

「応神天皇はこの人々を受け入れ厚遇した」と東北大学田中英道名誉教授は言います。

 

ユダヤ系渡来人では、絹のはた織りや土木技術を有する氏族として知られる秦氏の祖は

弓月君(弓月王ともいう)で弓月君とその一族は、ユダヤ系の移民の流れを汲むという

秦の始皇帝の時代に万里の長城への労役を避けて朝鮮半島を南下しました。

 

しかし、新羅には追い出され隣国の百濟を経て海を渡り、

やっと日本にたどり着いて応神天皇の治世下で厚遇を受け安住の地を得た、という。

 

当時の日本では、ユダヤ系渡来人の持っていた先進的な技術が有益で、

応神天皇は国内の統治に利用するためにもこの民を厚遇したのでしょう。

 

遠く故郷をローマ帝国に追われたユダヤの人々は、東方の国を目指して流民となり

あちこちで排斥され続けて苦難の末、どうにか日本まで渡来してきたのでしょう。

 

なぜ彼らは東方を目指したのか、どうしてそれが日本なのか、

日本に住む人々はそれらの渡来人を排斥せず抵抗なく受け入れられたのか?

 

仮に、日本では時の統治者が有益な先進技術を持つ渡来人を利用すべく厚遇したとしても、

当時の人々がそれを飲み込んで受容できたのでしょうか、軋轢はなかったのでしょうか。

 

 

 

現在、世界はコロナ禍で大変です。

もし今、アジア各地の流民が日本にやってきたらどうするのでしょう?

確かに日本にとって有益な流民は受け入れるでしょうが、その他大勢の難民ともいえる人々をどうするのでしょう。

 

日本人の「和を以って貴しとする」という精神や対立を好まない温厚な国民性からすると、

これらの難民を温かく迎え入れることはなくても、大声でしゃべる騒音やゴミ出しの分別の無い外国人を

暴力でもって排斥することはしないでしょう。

 

多分、多くの日本人は自分に害のない限り我慢するのではないでしょうか。

 

今回はここまでです。

ではまたお会いしましょう。