カーネル・サンダースおじさん
<その5>
2020.11.29
萩原行政書士事務所
1949年、59歳の時、再婚。二番目の妻はクラウディア。
1950年代初頭、アイゼンハワー米大統領の全米ハイウエイ近代化計画により国道75号線
が建設される。
(サンダースのお店はコービンの町中にあり、旧国道25号線に面した場所であった。
旧国道はコービンの町中を横断しているが、新国道の75号線は町から西に11Km離れている。)
近くにできたハイウエイのために客が激減。
旧道沿いで25年間商売を続けてきた「サンダース・カフェ」を7万5千ドルで売却。時に65歳。年金(ソーシアル・セキュリティ・チェック)は月額105ドルで生活は苦しかった。
カフェで人気のあったもの、それは彼独自のアイデアで「7つの島からとれた11種類のハーブとスパイス」を使い、圧力釜で作るフライドチキンの作り方であった。
彼は料理方法の伝授によりロイヤリティをもらう契約方式で、フランチャイズ形式の商売を始める。
1956年、66歳の時、
フライドチキンの調理法のノウハウをフランチャイズ化するために全米をまわる。
1000件を超えるレストランを訪問、KFCの販売促進を強力に促進してきた。
「私に【引退】と言う言葉はいらない。 たとえどんな困難が待っていようとも、私はあきらめない。今までがそうであったように、これからも何回でも立ち上がる。命ある限り私は働き続ける。」
1960年、70歳の時、フランチャイズがアメリカで200店、カナダで6店になる。
1964年、74歳の時、KFCを200万ドルで売却。
会社の経営から退いた後もKFCの顔として世界中をまわる(日本にも三度来訪)。
1980年12月16日死去。90歳まで長生きしました。
この年KFCは48か国、6000店に広がっている。
1996年。KFCは世界80か国、1万店となる。
年間のチキン消費量を並べると28万4000マイルで地球11周分になる。
今日はここまでです。
次回、<その6>をアップしますので、お楽しみに!
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萩原行政書士事務所
行政書士 萩原伸一
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