明治維新(12)
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2.高杉晋作・長州藩と欧米列強
ここまでは、まず薩摩藩とイギリスについて見てきました。
薩摩藩がどのような経緯で攘夷から(討幕)開国へと方向転換をすることとなったのか、
その辺の背景や事情について、ある程度見当がついたことと思います。
次に、長州藩についてですが、
ここでは、高杉晋作に視点をあてて同人の生涯と所属する長州藩の当時の動向について、更には同人の生きた時代の欧米列強とのかかわりに触れ、長州藩が馬関戦争(1864年8月)を経験して攘夷から(討幕)開国へと方向を転換していく状況を見ていきたいと思います。
(1)誕生
高杉晋作は、天保10年(1839年)長門の国 萩に生まれ、慶応三年(1867年)満27歳で没しています。
1857年に吉田松陰の主宰する松下村塾に入り、翌年には藩命で江戸へ遊学。
1859年 松陰が安政の大獄で捕らえられると伝馬町の獄中の師を見舞い世話をするが、藩命により萩に戻る途中の10月に松陰処刑される。
1860年 帰郷後、防長一の美人と言われた井上平右衛門の次女まさと結婚。
(2)留学
1861年、藩の軍艦「丙辰丸」で江戸へ渡る。東北遊学をし、1862年5月、幕府使節随行員として五代友厚らとともに上海へ渡航、清の太平天国の乱や清が欧米の植民地となりつつある実情を見聞して7月帰国。
(3)尊王攘夷運動
桂小五郎(木戸孝允)や久坂義助(玄瑞)らとともに尊王攘夷運動に加わり、江戸・京都において各藩の志士たちと交流。
1862年、外国公使を刺殺しようと同志と相談するも、これが露見して藩から制止され桜田邸内に謹慎させられる。
文久2年12月12日英国公使館焼き討ちを行う。
藩ではこれらの過激な行動に幕府を恐れて晋作を江戸から召還する。
今回はここまでです。
2020.10.26
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