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〇アロー号事件

1856年、イギリス(香港船籍)のアロー号に対し海賊船の嫌疑で清国の広州警察が臨検したことに始まる。

イギリスによる言い掛かりであった。

背景には、イギリスはアヘン戦争で期待した利益を上げられなかったことがあげられます。

第二次アヘン戦争ともいわれる。

 

〇太平天国の乱

1851~64年

洪秀全がキリスト教を信じて仲間を集めて、清を倒そうとした乱。

 

 

以上みてきたように、当時のイギリスは世界各地に植民地を擁して、日の沈まない大帝国ではあったが、如何せんクリミヤ戦争、セポイの反乱、アヘン戦争と日本にやってくるまでに戦争続きであったことから国力も落ちてきていて更なる植民地拡大戦略は限界に近いところまで来ていたと見てよいのではないでしょうか。

 

その証拠の一つにイギリスが日本進出を目指してxxxxxx率いる大英帝国軍がやってきた時に、兵士を日本に残したまま英軍艦は全艦隊すべてがすぐに中国に向けて去ってしまっています。

この頃のイギリスは、清国とのアヘン戦争・アロー号事件・太平天国の乱に乗じる中国への侵略政策で日本に残るゆとりはなかったのでした。

 

今回はここまでです。

 

2020.08.28

萩原行政書士事務所