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ニートの僕が子育てをしたら

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第三章 二ートの僕が子育てをしたら 二十四話

マーケットを創造する


僕達三人は研修室で価格について話し合っていた。


「あれから良く考えてみたんだけど、人間が情報を処理するプロセスって結構論理的じゃないみたいだね」


と今野君が言うと、


「そうそう。意外にその場の雰囲気やノリといったものに左右されていることに気づいたわ。様々なことが、タイミングとして一致して始めて、買おう!って気持ちになるもの」


三上さんも今野君と同じように色々と考えていたようだ。
そんな二人に僕は、


「趣向品を購入する時はそういう傾向が強いよね。食品や消耗品などは余程のことがない限り、日頃購入しているものから目移りすることは無いようだけど、趣向品は結構その場の雰囲気や、その日のできごとなどが購入を決定する際に大きく影響しているような気がする。

そういう意味では人は意外に論理的ではなく、気分屋なのかもしれないね」


と話をすると、


「そうよね。私だってあのタイミングだから赤のバックを購入したけど、次の日だったら購入していたか、どうかわからないもの。それも気分が大きく左右して いるわよね。そういう点を踏まえてみると、ビジネスって奥が深いものだと思う。ビジネスを知りたければ、人を知ることが大事だと思うわ。本当にむずかしい 世界だと最近つくづく思うことばかり」


と途方に暮れたような顔を三上さんがしている。

ガチャ

ドアの開く音がした。
ダイゴ先生だ。

「よし、今日は魔法のマーケティングノウハウを約束どおり、教えてやろう。この方法は一見すると簡単に見えるが、実行するとなるとそう簡単には行かない。 そこが、面白いところでもあるがな。でも、この方法を思うままに使うことができると、今までお前らに話をした様々なパワーがお前らの元に集まるようにな る。

そして、この方法に流行や廃りといったものが無い。なぜなら、このマーケティングノウハウは歴史を積み重ねれば重ねるほど力を増していく強力なノウハウだからだ。

では、さっそく説明をしょう」

僕達はバックからノートとペンを急いで出した。

「これから話すマーケティングをズバリ簡単に言うと、これは私が名付けたものだが《ストーリーマーケティング》という手法だ。ストーリーこれはわかるな?物語のことだ。

つまり、物語を武器にしてビジネスの世界で自己表現をしろ!ということだ。自分自身と向き合い、自分自身を見つめる、そして自分自身を壊すプロセスがこの方法には必要だ。今のお前らにはとても難しい課題かもしれないが、気持ちを引き締めて取り組んで欲しい。

もちろん、この方法は誰でも使える方法ではない。

だからこそ、手にする価値のある方法だ。使える人間がいないということは、使えるようになると一人勝ちできると言うことだからな。スペシャリストを目指して頑張ってみろ。俺がきちんと指導をする」

そんなダイゴ先生の言葉に、僕達三人の胸が高鳴る。

「まず、どんなストーリつまり世界をお前らが創造するか?が鍵を握る。ただ勘違いをするなよ。お前らが小説家になるのなら別だが、俺がこれからお前らに話すのはビジネスの世界での表現だ。

小説家の書く文章を参考にするのは構わないが、あまりそこに捉われると、混乱が生じることもある。重要なことは《ビジネス》だと言うこと。

一部の人に向けた自己表現ではなく、多くの人に親しまれるストーリが大切だ。独りよがりの文章を書いても、それはアマチュア作家の自己満足と同じようなものだ。お前らが今目指しているのは、そうではないだろう?」


そんなダイゴ先生の話に、

「僕はこれまで文章というものをちゃんと書いたことがありません。そんな僕でも物語を書けるのでしょうか?」

と今野君が心配そうな顔で質問をした。

「文章力なんてものは量稽古だ。大事なことは、お前らがこれまでの人生で何を感じて、何に疑問を持ったか?そのことを思い出してみろ。

坂上は大津島のプログラムで感じたことをまとめてみてはどうかな?三上も今野も同じように、自分なりに苦難に感じたことがいくつかあるだろう。その苦難をどうやって乗り越えることができたのか?その体験が人々の心に勇気や強さを与えることだってあるんだぞ。

自分にとって当たり前のことが、他人にとっては新鮮に移ることだって、たくさんある。そういう一つ一つのことを掘り下げてみなさい。

ブレインゴールドを飲むことで、それぞれが感じたこともあるはずだ。その感じたことを日々記録することも重要だぞ」

というダイゴ先生の話に、今野君がやる気を感じたようだ。

「文章を書くというのはボキャブラリーの問題ではない。文章のスキルの問題は、その書き手の情熱がカバーをしてくれる。
もちろん、読みやすさは大切だぞ。

読みにくい文章は、どんなに内容が良くても読んでもらえない。読みやすさと情熱があれば、文章は自ずとイキイキとしたものになるだろう。文章の躍動感はテ クニックで身に着けられるものではないからな。文章を書くのがうまいことと、多くの人に読まれることはイコールではない。多くの人に支持される文章とは、 読み手が自由に創造し、それぞれの人がそれぞれの捉え方ができる文章だ。

感情の押し付けを文章で行ってはならない。

自由に楽しんでもらえる!これは、文章だけのことではないぞ。
人としても同じことが言える。

話をしていて自分の意見を押し付けるタイプの人は、あまり人に好まれないだろう?逆に人それぞれ考えがあると言うスタンスで話に耳を傾けてくれる人の方が好まれるのではないだろうか。文章も同じことだよ」


ダイゴ先生の話は文章の書き方と言うより、生き方について話をしているように感じる。


文章を書く


それは自分の生き様を文字という形に写しこむ作業ではないだろうか。僕はまだ人様に偉そうに何かを伝えるような経験がある人間ではないが、こんな僕でも何か伝えることができるのだろうか。

正直に言うと、今の僕にはそんな自信はない。
でも、

取り組んでみる価値はあると思う。僕の文章を読んでくれる人が少しでも元気になってくれる文章を書こう。

二十五話につづく