TNR活動(一律の不妊去勢)がもたらす日本猫の遺伝的多様性喪失への危機感と、未来の共生特区構想
私が長年、現代の動物愛護のあり方について深く考えてきた「ある危機感」と「未来のビジョン」について、個人的な備忘録も兼ねて書き残しておきたいと思います。
もし「現在のペット飼育の一律なルール」に少しでも違和感を抱いたことがある方がいれば、一つの参考意見として読んでいただけたらうれしいです。
photo AC
みなさんは「日本の雑種猫(ミックス)」の未来について考えたことはありますか?
現在の日本の動物愛護において、「完全室内飼い」と「一律の不妊去勢(TNR運動)」は絶対的な正義とされています。殺処分を減らし、交通事故や病気から目の前の猫を守るために、これらの活動が多大な貢献をしてきたことは間違いありませんし、私もそれを否定するつもりはありません。
しかし、ゲノム科学の視点から「30年後の未来」を見据えたとき、私たちは恐ろしい『思考停止の罠』に陥っているのではないかという強い危機感を抱いています。
1. 「一律去勢」がもたらす科学的な未来
2020年に京都大学野生動物研究センターなどの国際共同研究チームが発表したゲノム解析データによると、日本の雑種猫は、特定の純血種(アメショやペルシャなど)に比べて圧倒的に高い遺伝的多様性を保っていることが証明されています。
これは、かつて彼らが日本の風土の中で、自由に交配し、タフに生き抜いてきた「歴史的遺産」です。
しかし、今社会が進めている「100%の不妊去勢」をこのまま徹底するとどうなるでしょうか?
論理的には、「外で生き抜く強靭な日本猫の遺伝子プールは、数十年以内に100%絶滅する」ということです。
将来、私たちが猫を飼いたいと思ったとき、人間が人工的に管理し、近親交配を繰り返された「遺伝病や未知のウイルスに極めて脆弱なブランド猫」しか存在しない世界がやってくるかもしれません。
2. 「過保護」は本当に生物の幸せなのか?
人間が作った自動車や農薬のリスクから守ることは人間の責任です。しかし、生き物として病気やケガのリスクを100%排除した「無菌室の快適な監獄」に閉じ込め、生殖の自由をすべて奪うことは、長い目で見た時にその種の生命力や尊厳を奪うことにはならないでしょうか?
完全人間依存の生き物となった「蚕(カイコ)」のように、人間が世話しなければ生きられない脆弱な存在に猫を変えていくことが、本当の動物福祉なのでしょうか。
3. 私が妄想する「第3の選択肢」
私は、完全な「放し飼い(無責任)」でもなく、完全な「室内閉じ込め(無菌室)」でもない、新しい共生の形を模索しています。
それは、「日本の増え続ける廃村・限界集落を活用し、天然の地形と防護フェンスで外部と完全隔離した、イエネコの遺伝資源保全特区(スマート・サファリ)」の創設です。
大学の研究室や自治体と連携し、GPSで安全を管理しながら、未去勢の雑種猫たちが自由な自然環境で交配し、種としての野生と強さを残す聖域です。
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現在の社会では、このような意見は「無責任だ」「室内で飼うのが絶対の正義だ」と一蹴されてしまうかもしれません。そのため、私自身も大々的にこの意見を拡散したり、誰かと議論を戦わせたりするつもりはありません。必要な情報もそうでない情報も溢れかえる現代において、無理に誰かの目に入れる必要はないと思っているからです。
ただ、このまま「一律の絶対視」が進むことに違和感を覚え、「猫という種本来の強さと尊厳を未来に残したい」と調べ、悩んだ誰かが、いつかこの場所に辿り着いてくれたらいいなと思っています。
もし、同じような危機感や違和感を抱いている方がいらっしゃいましたら、いいねやコメントなどで、静かに繋がっていただけると嬉しいです。
