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↑貧弱な自作ワイヤレス給電送信機でも、受け側コイルの巻き数を増やせば、LEDライトの明るさは実用レベルに
母が呼吸困難でうめき声をあげています。何もしてやれないのですが、とても寝てはいられません。ブログを書いて気を紛らわせています。
先に「簡単なワイヤレス給電送信機の自作」のタイトルで、電磁誘導非接触給電の実験をDIYで行ったことを紹介したことがありました。
●前回の要約
その際は、送り側コイルにほぼ同じ直径で巻き数も同じ、太さだけが倍ほど違うもの2種を作製して使用、受け側には太さは同じですが、直径が一方は半分でも巻き数は倍、片方は逆のコイルの2種を作製して使用していました。
この条件では、送り側のコイルが太いほど、LEDライトは明るく光り、受け側コイルは直径と巻き数が違うもののコイルの全長は同じくらいということからか、LEDライトの光に見た目違いはないことを報告していました。
同時に、市販のワイヤレス給電送信機との比較で、自作の送信機では受け側のLEDライトは光るものの使い物になるほどに明るくならないともしていました。
●受け側コイルの巻き数が増えたら
今回はお遊びみたいなものですが、販売時にリング状に巻かれて包装されているエナメル線は、すでにコイルなわけですから、取り出してそのまま切断もせず、両端をLEDライトに接続して受け側コイルとしてみました。
実際の巻き数は数えてませんが全長10m、太さ0.35㎜のエナメル銅線を使用しました。直径が約5㎝のコイルですから巻き数は63回くらいでしょうか。
↑販売時のままのエナメル線を受信コイルとしたワイヤレスLEDライト
さすがにこれくらいの巻き数ともなれば、貧弱な自作のワイヤレス給電送信機にかざした時でもLEDライトは随分眩く光ります。市販品の送信機だと巻き数が少ない受け側コイルでもLEDライトが明るく光っていましたが、それと比べても優るとも劣らぬ明るさです。
LEDライトの明るさは実用に耐えるものとなったと言えますが、巻き数が多くかさばる点では少々弱点ではあります。
なお、送り側コイルと受け側コイルとの間隔は3~6㎝くらいまで離してもLEDライトが光ります(注参照)。また、受け側コイルは送り側コイルにかざさずとも外側に置くだけても光ります。
↑受け側コイルは送り側コイルの上にかざさなくても、よこに置くだけでLEDライトが光る
注)LEDライトが点灯する送り側と受け側のコイル間の最大に、かなり差があります。条件の違いは使用したUSB充電器以外にありません。たこ足配線の影響とか?
↑5L/分を超える流量には2台の酸素濃縮装置で対応 新たに頓服が処方されたかわりに、これまでの投薬は終了となり薬カレンダーは痒み止めだけに
母が退院し在宅医療で1年が経過しました。昨年秋には暮れまではもたないかもと言われていたのに、よくもったものです。
しかし、この秋から使いだしたオキシジェンステーション(酸素濃縮装置)も流量5L/分では足りなくなり装置が2台となり、ついに呼吸困難時用にコデインリン酸塩錠が処方され、これまで飲んできた薬は痒み止めを除き心臓の薬を含めすべて昨日で投薬終了となりました。
本人も上半身部分をベッドごと起こすのもしんどくなってきたようで、水分を摂るにも寝ながら摂れる吸い飲みをほしがったので買ってきました。
いよいよ覚悟しなければならなくなったようです。
身内としては、少しでも長生きしてほしいと願い、この1年間は夜はベッドの横に布団を敷いて付き添い、食事も少しでも摂らせようと食べたくなるようにそれなりに工夫してきたつもりでもあります。
その甲斐あって、1年経った今もかろうじて命をつないでこれたのかなと思っています。
しかし、呼吸が困難になって苦しみ、また寝たきりの上、心臓が弱ってきたせいで訪問での入浴もできなくなりますます身体の痒みがひどくなって身体中かきむしり血まみれの状態は、他人から見ても見るに忍びないものでしょう。
本人は意識もしっかりしていて、歳のわりに認知症状もないので、きっと辛いことだろうと思われます。
これまでも、医者からは無理して食事を食べさせなくてもいいよと言われ、薬も無理に飲ませなくてもいいと徐々に減らされてきていました。
もう末期の患者に栄養をとらせたりして生き長らえさせようとするのは、患者を苦しめるだけということでしょうか。延命ってこういうことを言うのかと今更ながら思うようになりました。
昨年春から呼吸困難を繰り返すようになりだした頃、最初は死への恐怖を口にした母も、今では早く死にたいと言うようになりました。先日も夜中に独り言で、先に死んだつれあいのことでしょう、「いい人だった、私は幸せ者だった」と言い、最期を覚悟したような感じでした。
無理やり栄養を摂らせるようなことはしませんが、食欲がまったくないわけではないので、好きなものを食べさせ、痛みや苦しみだけは医療でとれるようにし、在宅で自然に最期を迎えさせてやりたいと思います。
↑呼吸困難時の頓服として処方されたコデインリン酸塩錠5㎎ 20㎎以上だと麻薬扱いになります
日本の医療制度をめぐり、延命治療や尊厳死が話題となっていますが、延命を望むか望まないかは本人次第と思うものの、翻って自身が延命治療を拒否するかどうかはケースにもより、またその時になってみないとわからないくらいで難しい問題です。そんな中で、医療費の増大について何か医療機関が意味のない延命治療を続けているかのような議論があります。
これにはいくらか違和感があります。医者や医療機関だって医療費の増大が問題となっていることは承知のことであり、不必要な治療や投薬は極力避けるようにしていることは、上述の母の例を見ても明らかです。
先に亡くなった父についても言えます。貧血で倒れ入院。出血が続き胃がんのあることがわかりました。医師からは世間では国民医療費の増大が問題視されてもおり延命治療は避けるべき旨話されたものです。しかし、病院の内科、外科の医師の相談で高齢にもかかわらず父を手術してもらうことになりました。
ところが、もともと認知症の父はトイレに行こうとして転倒、骨折し寝たきりとなっていて、その後引き起こした誤嚥性肺炎のために点滴していてはどうしても肺にたまった水が抜けない状態に至り、結局のところ手術どころか点滴も止め呼吸が止まるまで自然にまかせる(ただし輸血は続ける)ことになりました。
勤務が終わると病棟に行き、弱っていく父に付き添い、最後は死戦記呼吸するところを看取りましたが、わかっていても何か命を奪ったような辛い記憶として残っています。
にもかかわらず、医療機関が意味のない延命治療を行っているとするのなら、いったいどこからが延命治療なのでしょう? もう先は長くないのに、酸素や輸血はもったいないから打ち切るべきと言うのでしょうか? 酸素や輸血を望むなら患者・家族の自腹ですべきなのでしょうか? 終末期をお迎えの方、誰しもにも起こりうる問題です。
シャーマンしかいなかった時代とIPS細胞を使った治療の可能性が広がってきた今日とでは、終末期の医療も違うはず。極力自然な最期をまっとうできるように、そのためには苦痛を軽減することをはじめできることには力を尽くすのが今日の医療に求められていることではないのでしょうか。それは延命治療と似て非なるものです。もし、それがしてやれないようであれば、何のための医療か、まさに医療の敗北、社会の敗北にほかならない気がします。ましてや、本人の意思を無視し一律のガイドラインを押し付けるようなことはあってはならないと考えます。
浅はかかもしれませんが、終末期の患者家族の立場で思ったことを書いてみました。舌足らずなところもあり、もう少し推敲した方がよかったのですが。