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virt_flyのブログ

フライトシミュレーターソフトのFlightGearで仮想飛行を楽しむブログです。

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↑MC-20の脚は格納時も車輪の一部が露出している。AI機づくりに難題出現。
 

問題は格納時の車輪が一部露出のタイプであること

 

AI機を扱う際は、駐機時と飛行時とでのプロペラの回転の有無と合わせ、車輪の状態がどうなっているかについても注意が必要になります。
もちろん、駐機時は車輪が降りており、飛行時には車輪は格納されていなければなりません。

これに対応する方法として、3Dモデル設定xmlファイルをAI機用に書き換える方法を、ホームページの「仮想飛行」で紹介してきました。

今回、この方法では対応できないケースにぶつかったのです。

これまでは、AI機の一定の速度を基準に条件分岐のプログラムを記述し、車輪が出た状態を表示させるかまったく表示させないかで、車輪の出し入れを簡便に再現していました。

ところが、MC-20やDC-2など(確かHe-111も)、車輪格納時でも一部タイヤが露出した状態の機体があります。A-10も、事故を想定してわざと露出させてますよね。

明らかに、車輪の表示・非表示という単純な方式では対応できません。

条件分岐で対応できればいいのですが、どうもうまくいきません。駐機状態と飛行時の2つの3Dモデルをもうけるのが単純ですが、AI用の機体にメモリー喰いの3Dモデルを2つももうけるのは、関心できることではありません。できるだけxmlファイルの記述で済ませたいところ。

妥協して、機体の3Dモデルに閉じた状態の車輪の3Dモデルを追加し、表示・非表示を切り替えさせればメモリーの消費は抑えることができますが、既存の機体の3Dモデルをいじるのは抵抗があります。人が作成したものであればなおさら。とくに、本来の飛ぶ機体の3DモデルをそのままAI機と共用することの多い私にしては、あまりいじりたくない。

そこで考えたのが、追加ではなく、機体の3Dモデルとは別ファイルとして閉じた車輪だけの3Dモデルをもうけ、3Dモデル設定xmlファイル上でこれにパスを通し機体と結合させ、速度により表示、非表示とするものです。

折衷案ですが、悪くなさそうです。

車輪の出し入れ再現
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三菱MC-20のもとになったのは、陸軍の100式輸送機(Ki-57)だったので、それらしい塗装をほどこすことにしました。
 
資料が乏しいことから、映画「空の神兵」に登場する97式輸送機の塗装を真似てみました。迷彩塗装が少し細か過ぎたか・・・。
 
垂直尾翼のマークは落下傘を図案化した挺進部隊のシンボル。垂直尾翼の左側面に描かれたマークは、左の画像のと同じ向き(左)であることが映像から確認できますが、右側面はわかりません。
しかし「空の神兵」に出てくる部隊マークのレリーフは、真逆(右)であることから、こちらか本来のような気がします。
となれば、右側面は右向きでいいのかもしれません。
 
なお、空挺作戦用の機体は、ドアはやはり内開きのようで、かつ大きいものに代えられているようです。3Dモデルはいじれていません。
 
さて、左の画像は4枚の連続したスクリーンショットで、車輪が前方へ折りたたまれる様子を示しています。
 
複雑な動きですが、同じ形式の車輪を持つDC2のFlightGear用の機体がつくられていますので、これを流用して再現してみました。
 
かなり雑ですが、なんとか車輪の出し入れができるようになりました。
 
なお、このためAI機として作成したいわば3DモデルだけのMC-20を、とりあえず飛ばせるようにだけしました。
 
例によって、一般的なJSBSimのFDMを用意し、補助翼も動かない、わずかにプロペラとギアが出し入れできるだけの機体です。
 
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↑大日本航空の「白根」            朝日新聞社機「朝雲」

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MC-20に塗装を施しました

 
自作のMC-20の3Dモデルにようやく塗装を施すことができました。
 
大日本航空の「白根」を模した機体の方は、会社のロゴマークと旅客機名の部分だけ他の箇所とは別サイズにして画素数をふやしましたので、かなり鮮明なできになりました。


朝日新聞社の「朝雲」の方も、社旗のロゴを別扱いにしてみましたが、それでも小さいために「朝」の字は潰れてしまいました。

ボデイの機体識別番号や「朝雲」のコクピット下の「あさくも」の文字は、別サイズにはせず、ボデイのテクスチュア画像のなかに描き込んでいます。曲面に描かれたものを平面で表しているからでしょうが、テクスチュア画像とくらべて文字が縦長になってしまっています。
なお、文字は当時の字体の特徴があるように思いますが、少し調べたくらいではわからず、似てそうなフォントでの代用で勘弁願います。

なかなか思うようにはいかないものですが、3Dモデルの方も、つらいところがあります。AI機用にするということでなるべくメモリをくわないようにと思ったあまり、翼が角張ってしまいました。

今回、MC-20をこしらえるために調べていて知ったのですが、昔から新聞社はかなり航空機を活用していたようですね。今以上に。この機体もあの機体も、みな新聞社が採用してたんだと思ってしまうくらいなのは、ファックス(注参照)や電子メールのない時代だったから、他社を出し抜きスクープをものにするには、原稿や写真、記者を飛行機で運ぶ必要があったのでしょう。朝日新聞社のMC-20は”空飛ぶ編集室”と呼ばれ戦時報道に活躍したようです。

注)Wikipediaによれば、日本電気の開発したNE式写真電送装置を使い、新聞社が1928年の昭和天皇の即位礼を電送したのが日本での実用化第1号とされています。官公庁や大企業よりもなによりも、新聞社がまっ先に使い、広がっていったわけです。MC-20が初飛行したのは1940年ということですから、この時点ではファックスはすでに使用されていたことになります。
 ちなみに、日満議定書調印式の写真を他社に先んじて輸送しようと悪天候のなか飛行していたとされる朝日新聞社機(デ・ハビランド プス・モス)の行方不明事故があったのは1932年のこと。